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賃金の『見える化』(下)

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賃金の『見える化』(下)

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第17回 労使はこうしてトヨタをつくりあげた

賃金制度改革と経営権

 賃金制度を変える際、労使関係上問題となる壁が一つある。それは、「人事権」との衝突である。
 個々人の賃金は、どんな制度であれその人の人事評価とリンクしている。従業員の成績評価を行うのは上司であるが、それは会社の持つ経営権の一つである人事権として、評価権が行使されていると解されている。

 労働組合は法律上、労働者の経済的地位の向上を主たる目的とするものとされている(労働組合法第2条)。したがって労働組合は、組合員の経済的地位の向上のために必要な要求(典型的なものが賃上げ要求である)を行い、労使交渉をして決定する。

 その交渉における妥結権は労使対等であり、労働組合が承認しなければ賃上げ額は決まらない。しかし、組合員の経済的地位や働く環境に関係するからといって新工場の建設を要求しても、それは経営権に属する決定事項であるから、組合の意見は参考に聞かれる程度にとどまり、労働組合に妥結権はない。

 賃金制度は人の評価や昇格に関わるから、経営権の発露である人事権の一環として、多くの労使では会社の専権事項と扱われている。だから、賃金制度変更については人事部が組合の意見は聞くとしても会社が決めることであって、労働組合が組合員に妥結提案したり、まして、会社にそれを要求するようなものではないと考えている労使がほとんどである。

「労使宣言」の精神とトヨタの賃金制度改革

 トヨタ労組内で、賃金制度について改革の必要性が議論されたときにも、「それは会社の専権事項ではないか」という意見もあった。しかし、私は賃金制度が個人の給料額はもちろん、働き甲斐や生活設計と直結するものである以上、会社だけにその制度設計をゆだねるのではなく、組合も関わるべきだし、必要であれば、労働組合からその制度改定を要求してもよいはずだ、と考えていた。

 そう考える背景には「労使宣言」に謳われた労使の役割に関する基本理念があった。それは、 第6回で書いたとおり、「会社は組合員のために、組合は会社のために、何が必要で何をなすべきかを主体的に考えたうえで行動する」という、いわゆる「車の両輪」の考え方であった。

 トヨタでは労使ともそういう哲学を共有していたから、従来から水面下で、人事部が「今度労働組合からこんな提案をしてみてはどうか」などと組合に持ちかけるようなことがよくあった。

 私が書記長のとき、人事担当の常務であった磯村氏は、インフォーマルな場であったが、「人事部のみんなには、労働組合に知恵を貸すのも人事部の仕事だといってある。」というようなことを言われた。たしかに、制度論を議論するときなど、執行委員の在職平均年数が4年足らずの労働組合は、労務管理のプロを抱える人事部にはかなわない。労使対等を実現するため会社がそういう意識で、労組をサポートすることも必要だったのだ。

 そういう労使関係であったから、仮にトヨタに職能資格賃金制度を導入するなら、戦後初めての大改革になるから、組合員が制度改定を前向きに受け止めるよう、労働組合から要求してもよいのではないか、と考えたわけである。

トヨタ流職能資格賃金

 私は、自分が次に書記長に推挙されると聞いたとき、当時の書記長にお願いして、その頃日本の企業に広がり始めていた楠田丘氏の「職能資格賃金制度」を勉強するために、氏が毎年苗場で開催していた4日間の賃金管理士養成講座に参加させてもらい、自分なりの賃金制度改革のビジョンを作った。

 まず、基本給の一部を習熟給という賃金にして、賃金表を作ることとした。年齢でなく習熟により昇給していく意識にするためである。

 そしてこれまでの生産手当は、職能基準給としてテーブル化し、能率に比例する部分の割合をぐっと小さくした。トヨタ流職能資格賃金というようなものであったが、一部にしろ賃金表を作ったことで定昇部分が明確化するなど、賃金が「制度」といえるようなものになったと思っている。

 私はその基本的考え方を当時の労務課長に内々打診してみた。労務課長は、私の考えに賛同してくれ、「上は説得するから制度改定を提案してくれ」と言ってくれた。

賃金の「見える化」

 私が会社に、制度導入を提案した理由の一つには、人事部も現在の賃金制度には限界を感じているはずだ、との確信もあったからである。

 賃金表がない今の制度は分かりにくいだけでなく、個人の能力と賃金の関係が開示されていないから、個人にとっては自分の成績ポジションも分からないし、会社にとっては能力や成績に応じ賃金に差をつけたり、高齢化に応じ、高年齢層の賃金上昇を抑制する合理性を説明しにくいという弊害が出てきていたからである。この点は予想どおりであり、会社が組合の提案に乗ってきた理由もそこにあった。

 ただ、基本給一本の賃金制度に、習熟給や職能基準給といった賃金表を導入し、そこに個人を当てはめていくことにすると、賃金が上がる人、下がる人が必然的に出てくる。これに対し、会社がその必要原資を持ち出して補てんしてくれるか、というのが問題だった。

 労務課長は、組合が組合員の賛同を得てくれれば、原資の持ち出しは自分の責任で上と交渉すると言ってくれた。私は、1年の準備期間をもらい、当時の賃金担当副委員長と相談しながら、職場に制度移行を理解してもらうため「元気の出る賃金制度」という名のパンフレットを作り、評議員、職場委員に説明し、職場会で勉強会をしてもらった。

 執行委員たちにまず制度趣旨を説明できる力をつけてもらい、職場会で勉強会を一通り終えるまで1年かかった。

 そういう準備の上で、労働組合として、習熟給と職能給を取り入れた新しい賃金制度の導入について職場提案し、評議会で提案採決し、会社に申し入れた。

職能資格制度の船出

 3回の労使協議会で協議し、会社からの修正案を入れ、新しい賃金制度を評議会に妥結提案した。新制度にすれば、賃金が名目的には一時下がる人が4割程度いたが、制度移行費用は会社持ちにさせるから賃金は下がらないと説明し、全会一致で賛同を得た。

 1990年秋のことだった。会社は、上がる人には即反映、下がる人はベアの都度5年かけて調整するという約束をしてくれた。是正期間5年間の会社持ち出しは100億円を超したと思うが、決断してくれたのは、難しい議論を乗り越えた組合への褒美だったと感じた。
 こうして職能資格制度を導入でき、トヨタの労使関係も、こと賃金に関しては近代化できたのである。

一歩前進した労使関係

 この賃金制度改革についてもう一つ裏話をすると、この改定に伴って、会社が最後まで抵抗したことが一つあった。
 それは、組合員全員の賃金データを労働組合にテープ(当時はまだフロッピーの容量が小さく、テープだった)の形で提供することについてだった。

 組合としてはぜひ提供してほしいと要望したが、会社は、「それは個人の人事評価を反映しているもので人事権に関わるものだから、開示できない」と、当初断ってきた。私は、それでは賃金制度の検証が同じ土俵でできないだろうと、しつこくテープの貸与を要求したが、結局ダメだった。それならしかたないと、労働組合は、個々人の賃金データを自分達で集める決断をした。

 実は、それまでも毎年の賃上げ妥結のあと、賃上げ原資がきちんと確保され、全員に配分できているかを検証するため、組合員全員に、無記名でその年の昇給額をアンケートして申告してもらっていた。それをこの際、従業員コードつきで答えてもらい、組合独自で賃金データを持とうと考えたのだ。

 もちろん、そのようなアンケートに答えることは、労働組合が個人の評価まで把握できることになるため、果たして全員が答えてくれるか正直心配した。
 しかし、やってみたら回収率は90%を超え、かなり正確な賃金データになった。これを基に、会社と3年ほど交渉したが、会社もさすがにこの活動を評価し、テープを貸与してくれるようになった。

 この議論をくぐったおかげで、トヨタ労使は賃金制度についてオープンに協議ができるようになった。定期昇給部分もはっきりしたから、毎年の交渉もやりやすくなった。
 また、曲がりなりにも賃金表ができたわけであり、個々人にとっても、将来の自分の賃金が予測可能になった。まさに賃金が「見える化」したのである。

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