等級制度の設計・導入
等級制度の設計・
導入方法をご紹介
いま人事部門に求められる役割を大手企業の人事課長クラスに尋ねたところ、6割が「戦略のパートナー」、2割が「変革のエージェント」と答え、従来型の「管理のエキスパート」は1割強にとどまっています(『労政時報』2023.3.10)。
経済・社会環境の大変化が続く中、保守的な大企業も、従来のオペレーション型の人事だけでなく、将来ビジョンに到達するための戦略型人事の役割を重視していることが分かります。
一方、「これまでの人事制度がなんとなく機能していない」「社員に元気がない」「年功的な賃金待遇が既得権となり、若手の賃金を上げる余裕がない」など、これまでの人事管理に限界を感じている経営者や人事担当の方も多いようです。
人がイキイキと働き、企業活動が成果を上げるよう人材を効果的にマネジメントすることが人事管理の本質です。
そのためには、事業戦略や組織状況に合わせて人の採用、配置、動機づけと育成、評価、賃金待遇などを合理的に行う人事制度とその運用が欠かせません。その背骨の部分、それが等級制度です。
等級制度の意味とねらい
なぜ等級制度が必要なのか
人事管理になぜ等級制度が必要なのでしょうか。ズバリそれはバランスのとれた人材の層別管理を行えるからです。
図でその意味を簡単に説明すると、ヨコ軸の①は企業の中で組織が必要とする職務・役割や年功・能力で社員を区分する「等級」の違いを表わします。次に、タテ軸の②等級ごとに賃金の世間相場を調べて「賃金表」を設けます。最後に、③は、同じ等級の中で個々の社員の働きの違いを「評価」し、個別の賃金決定に連動させます。
このように、等級制度は人事制度設計の軸であり、出発点です。適切な等級基準で社員を区分し、賃金待遇のグレードや評価グループを編成することで、事業戦略に沿った、より効果的な人材マネジメントを行う道筋が明確になるのです。
等級制度のデメリットとは
等級制度も、つくり方を間違えるとむしろ人事管理の障害になるので要注意です。年功や能力など「ヒト基準」の仕組みは要注意です。
小中高の学校教育では、生徒の年齢や能力に合わせて学年を編成し、学年別のカリキュラムを組み、生徒の成績を評価して一定のレベルに達したら卒業させます。学校は教育が仕事ですから、このような「ヒト基準」の仕組みで何の問題もありません。
しかし企業の場合は、組織全体で成果を上げるため、事業の目的に沿った行動・成果・業績を評価する必要があり、社員一人ひとりに自律的な働きや自己成長を求めなければなりません。
ところが、年功や能力など「ヒト基準」の等級制度では、人の賃金待遇それ自体が目的となりがちで、中高年層の賃金待遇の既得権化や人事の停滞、人事権の乱用を招きやすいため、人心が離れたり、人がイキイキ働ける環境ではなくなる危険性が高くなります。
等級制度の設計方法の手順
組織構造と社員区分
当社では、人の賃金待遇を目的とした等級制度から、事業戦略に沿った組織編制のもとで、自律的な貢献・成長を支援する「役割等級制度 」にバージョンアップすることをお奨めしています。
具体的には、図のようなマイケル・ポーターの「バリューチェーン」のフレームを活用して、クライアント企業が顧客価値を実現する事業活動のつながりを把握します。
開発や営業、製造、物流など、その企業の強みとなる主活動がこれまで以上に成果を上げるためには、どのような組織・責任体制が望ましいのか、責任役職の階層や実務要員の育成・活躍のためにはどのような役割区分が必要かを分析し、役割等級を設計していきます。
(注)バリューチェーンは、競争戦略の第一人者であるマイケル・E・ポーターが提唱した企業活動の概念。開発から顧客に製品・サービスが届くまでの業務プロセスを、段階的に付加価値をプラスしていく「主活動」のつながり(連鎖)ととらえた。また主活動を組織横断的に支える全般管理や人事労務管理などの間接業務を主活動と区別して「支援活動」と呼んだ。
役割責任と人材のマッチング
正社員の役割等級制度 は、図のように企業規模によって5~7段階にするのが一般的です。
①は一般従業員を一般職・担当職・主任に分け、単一組織を部長1人が統括する小企業の例です。
②は単位組織(課)が複数ある小企業で、管理職を課長・部長に分けた5等級区分の例です。
③は実務職に店長・係長・職長などのリーダー職を置き、管理職を課長・部長に分けた6等級区分の例です。
④は部長の上に執行役員クラスの本部長/事業部長を置いた中堅企業の例です。
役職者はポスト・職責に必要な人材ポテンシャルの期待値に達しているかどうかを考慮して役職に登用し、対応する等級に格づけます。非役職者は、担当業務に必要な仕事の経験・スキルやキャリア段階を判定して等級に格づけます。
役割等級の設計・導入手順
役割等級制度は、組織の階層構造および役職体系と紐づけて役割を区分します。
一般的には、課、チーム、営業所、店舗などの「業績責任単位」となる最小の組織ユニットを考え、課長やチームリーダー、店長などの責任役職に登用するまでのキャリア段階を考え、新人から責任役職までの等級を決めます。
その上に、複数の最小組織ユニットを統括する部長やエリアマネジャー、さらに上位の事業部長や本部長などの統括責任者の等級を決めていきます。
役割等級のモデル事例
役割等級制度をつくる には、能力等級のような従業員の年功・能力や、職務等級のような仕事の大きさ・難易度などでなく、どのような組織的な役割を与え、どのような成果責任を求めるのかによって等級を決めます。そのうえで、顧客価値の創出に貢献する目標やとるべき行動を明確化し、各人の役割貢献を評価する姿勢を示すことがポイントとなります。
図は、一般従業員を一般職・担当職・主任に分け、管理職を課長・部長に分けた小企業の5 等級区分の役割等級説明書のモデル例です。
実際には、次の手順で個々のクライアントの実情に合った等級制度をつくっていきます。
・事業構造と組織編制の分析
・現行の役職・等級区分の把握
・賃金待遇・評価制度との対応の把握
・貴社の実情に合った役割等級区分を設定
・役割等級の定義(役割等級説明書)
・仮等級格づけに基づく賃金移行シミュレーション
・移行措置の検討
賃金制度、評価基準との対応づけ
役割給は、担当する仕事の役割等級ごとに賃金表の上限額と下限額を決め、各人の役割≒キャリアステップと貢献度・習熟度の評価に対応した賃金を段階的に実現していきます。
このとき、貢献度・習熟度SABCD の違いに応じて賃金に十分なメリハリがつくように、役割等級ごとの賃金表の上限・下限の幅(範囲給・バンドともいいます)を大きくとり、客観的なルールに基づいて昇給・昇給停止・マイナス昇給を行うようにします。
評価は、目標管理(MBO)による業績評価や会社の企業理念・行動指針に基づく行動評価、仕事のスキル評価などで各人の役割に対する貢献度・習熟度を判定します。
等級制度のちがいと
今後の方向性
4つの等級制度のちがい
等級制度は、大きく分けると4通りのやり方があります。それぞれ仕事と人材のマッチングと賃金待遇の仕方が異なり、評価のしくみや賃金制度の種類も違ってきます。
職能等級は仕事が変わっても安定した賃金待遇が保障される日本独特の仕組みです。人をさまざまな仕事に配置するメンバーシップ型の人事がスムーズに行える反面、過去の賃金待遇が既得権化し、人件費の高止まりや人事の停滞を招きやすいのが欠点です。
職務等級は、近年、国際スタンダードのジョブ型人事制度として注目され、高度専門人材やシニア人材、パート社員など職務限定職種の賃金待遇に活用されるようになりました。ただ、職務給そのままでは仕事が変わるつど賃金が大きく影響を受けるため、日本企業の正社員の人事制度としては使えないのが実情です。
日本のメンバーシップ型雇用・
人事の見直し
濱口桂一郎氏は、「日本における雇用の本質は職務(job)ジョブではなく、会員/成員(membership)であると規定」し、市場価値に基づき、組織・職務基準で人材を外部から調達する諸外国のジョブ型雇用との際立った違いを指摘しました(『ジョブ型雇用とは何かー正社員体制の矛盾と転機』25ページ、2021.9、岩波書店)。
メンバーシップ型雇用の最大の特徴は、企業がいったん「正社員」として採用すると、定年までの雇用を保障するかわり、個々の従業員に任せる職務(ジョブ)は会社の裁量権の範囲内で柔軟に決められる点にあります。
しかし、日本企業が生え抜き人材の採用・育成にこだわり、モノカルチャー・囲い込み型の人事管理を長年続けた結果、受け身でステレオタイプの人材が増えたと嘆く経営者が増えています。
日本企業の活力・生産性の深刻な低下が指摘されるようになり、従来型の日本的人事管理は岐路に立たされています。
ジョブ型雇用・人事の特徴
これに対し、ジョブ型雇用は、経営計画と業績見通しに基づいて事業中心に組織を編成し、社員が従事する職務(ジョブ)の内容を「職務記述書」として公開し、客観的な職務評価を行って賃金待遇を決めます。人を採用するときは、会社と従業員がそのつど外部労働市場を参照し、対等な立場で賃金待遇を話し合い、雇用契約を交わします。
経営環境の大変化が続き、特に高度人材の採用競争が激化するなかで、外部労働市場に対して常にオープンなジョブ型雇用・人事のほうが、企業にとっては戦略的で鋭い経営感覚が、社員にとっては自律的なキャリア志向を持ちやすいのでないか、と言われるようになりました。
ジョブ型雇用・人事に対しかつてない関心が高まっているのは、このような理由からです。
これからのスタンダードは
役割等級に
ただ、ジョブ型はすぐれた仕組みであっても、仕事が賃金に直接紐づく職務給のままでは、日本企業のメンバーシップ型の柔軟な人材マネジメントになじみません。
当社では、職務給・職能給の長所・短所を4半世紀前から徹底的に研究し、正社員の育成や人事配置に柔軟に対応できる役割等級のコンセプトを開発し、400社以上の人事制度設計・導入をサポートしてきました。
役割等級制度はいまや日本企業の変革に不可欠な、新しい人事のスタンダードになりつつあります。
これからの人事評価のキーワードは「役割貢献」です。雇用形態のいかんにかかわらず、会社の大切な事業目的(パーパス)である顧客価値実現のビジョンを組織全体で共有し、日々の仕事と自己啓発によって成長を遂げながら、自らの役割として顧客価値への貢献を実感できる評価と処遇の仕組みを作っていただきたいと思います。