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徹底した話し合い(下)

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徹底した話し合い(下)

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第8回 労使はこうしてトヨタをつくりあげた

トヨタ流「組織論」

 トヨタ労組の組織機構は、強い中央集権型になっている。

 支部は愛知県が中心だが20ほどがあり、それぞれに支部長が設置されているものの、支部の権限は、職場単位の環境問題や支部単位の生産上の問題、職場レベルの特別残業といった問題の解決に限られ、支部単位の休日臨時出勤や大きな予算を必要とする福利厚生に関する問題などになると、全支部長と、本部スタッフ、三役で構成する執行委員会の決定を経なければ実施できないことになっている。

 なぜかといえば、3~4年しか労働組合に在職しない執行委員が、大きな会社組織に対抗して「手ごわい」存在になるには、内なる面倒な、「カイゼン主義者」達と一つになった強い共闘を組み、それを後ろ盾として会社と対峙し、簡単に会社に押しきられない信念を形成する過程を用意する必要があるからである。

 執行委員会では、お客様を待たせたくない一心で、必要なら臨時出勤もいとわない「会社愛」、「工場愛」に満ちた支部長に対し、原理原則重視、理屈先行の事技部門出身のスタッフ達が遠慮なく疑問を投げかける。
 全員が納得しなければ、執行委員会は通らない。執行委員会はどんな問題でも「全会一致」にしてある。

「全会一致」のちから

 トヨタ労組の執行委員会の議長は委員長や書記長でなく、企画局長が務める。なぜかというと、委員長は組織の長として、書記長は諸方針を司る司令塔として絶対権力者である。

 絶対権力者が司会役まで務めると、出る意見も出なくなるおそれがあるからだ。
 私も企画局長として2年間執行委員会の議長を務めたが、議長の特権で、敢えて原則論でうるさい産業対策局長と、会社提案の臨時出勤を簡単に飲もうとしている支部長に、喧嘩まがいの議論をさせるよう仕組んだことなど、様々な仕掛けをしたものだ。

 ところで、トヨタ労組の全会一致は挙手による採決で確認することはしない。
 議長が、議論が出尽くしたかどうか全員の顔つきを見渡し、反対者も納得したであろう頃合いを見計らって、「では、原案で確認します。よろしいですね?」と同意を求める。これに対し、全員が「よし!」と声がそろえば、決定だ。

 このやり方が挙手と微妙に違うのは、人の顔色を見て、気持ちが伴わず、手を挙げることを許さない点だ。議長は微妙に「よし」を言わなかった者に「なぜだ?」と発言を求めることが許されている。

 今でも思い出すのは、ある春闘終盤の出来事だ。期待されたよりも少し低い水準での歯止めをすることを三役が提案した時だ。

 夜を徹した議論で大方の者が納得しかけたから、「では確認します。よろしいですね?」といったところ、下を向いて「よし」を言わなかった支部長がいた。
 私はその朴訥な支部長と親しかったこともあり、すぐ発言を求めると、「ワシは、頭では分かったが、体がわからん。」と叫ぶように言った。

 みんなげんなりした顔をしたものだが、私は「体がわかる、というのは現場では大事な感覚だ。もう少し議論しよう」といって明け方まで議論を延ばした。
 その時決めた歯止め基準は、久しぶりにそこに達する会社回答を引き出す強いものとなった。

あらゆる「層」での「話し合い」の積み重ね

 トヨタ労組におけるそうした全会一致の原則は、執行機関だけでなく、職場に細かく配置された職場会でも貫かれている。トヨタでは職場ごとに、採決最小単位として小さな職場会がきめ細かく設置されている。

 トヨタは約6万人の組合員がいるが、これを、末端は10~15人の職場会、500~700人くらいの職場(全社で約170前後)、そのうえに、概ね工場単位の支部、という形で配置されている。

 職場会の数は全社では5000に上る。職場会には職場委員がおり、そのうえの職場には職場委員長1名と、数名の評議員がいる、職場会はおおむね課単位、職場は、数課または部単位になっている。トヨタ労組では、何を決める時でもこれら各単位の合意形成が関門となる。

 賃上げのときなどは、取り組み中に、職場単位で部長と職場委員長をトップに「職場懇談会」を開き、さらには支部ごとに、支部長、工場長(役員)をトップに「支部懇談会」を開き、労働組合の考え方を主張する。この各層の話し合いは春闘時に限らず年間に最低3回程度は回される。

 トヨタ労組は組合の決議機関である「評議会」開催の都度、職場委員会、職場会を開き、どんな課題でも「徹底して」話し合う。
 評議会は年に15回程度あるから、その下に位置するこれら会議は全社で言えば途方もない回数が重ねられる。このうち評議会は労働組合が人件費を会社に補償した上で、時間内に開催されるが、職場委員会、職場会は就業時間外の開催である。

 これらは、出席率を確保するため、多くは昼休みに行われるため、職場委員会では弁当を出す。これにかかる予算は莫大なものだが、それは必要経費と心得ている。

 一方、職場会の方は弁当も出ないし、時には就業後にも開催される。昼休み開催の場合は、早めに食事を食べた後、30分程度で行う。
 ちょっと煩わしいこの職場会に組合員に出席してもらえるかどうかは、ひとえに若い職場委員の熱意に負うところ大である。

 私も入社2年目に職場委員を経験し、先輩たちに出席要請したことがあるが、先輩の言葉は「若いあんたが熱心に職場委員をやってくれるから、出んわけにはいかんわなあ」というようなものだったと記憶している。

 職場委員や評議員、職場委員長としてしっかり役割を果たした社員は、会社も見ていて、人事評価の際に加点評価している。非専従で組合活動をするのはほとんどボランティアだが、実はとても勉強になる。会社が加点評価をするのは当たり前だと思うし、それが自然と根付いているのが「労使相互信頼」のなせる業だろう。

決められた事の「重み」

 トヨタでは、そういうプロセスを経てきた「徹底した話し合い」の積み重ねの上で、賃金闘争が終盤に差し掛かったとき、執行部としては、自らを縛る意味も含め、また、会社にもその意思を伝え、かつ、マスコミを通じて世間にもその意思を伝えるため、これ以下では許さないという「歯止め」を決める。

 これが、なかなか通りそうにないという場合、執行部は支部長、職場委員長に対し、それぞれの職場を固め、その力を背景にカウンターパートである工場長、部長に対するオルグ(説得活動)を指示する。

 全社で昼休みなどに、支部長や職場委員長が役員や管理職に面談を要請し、同じことを主張する景色はなかなか重みがある。

 終盤であるから、オルグする側も相当熱が入っている。管理職達も、人事部からきめ細かく情報をもらっているので、簡単に同調はしない。支部長たちはやっているうちに、さらに信念が固まってくる。そういう職場の力を背景に執行部は中央交渉の場で最後の押し込みをするわけである。

スト戦法をしのぐ成果

 小さい単位から「徹底した話し合い」で固めていく交渉手法は全社レベルの決定事項ではない場合でも、常に実践される。組合が大変な時間と知力をかけて形成した要求は、経営者にとっては、極めて重いものになる。

 しかし逆にその「思い」のストライクゾーンにうまく沿う回答ができれば、その回答の価値は、限りなく大きく、明日のモチベーションにつながる。

 トヨタはそのようにして、決め事の価値を最大化してきた。これが、労使相互信頼の基盤となる「徹底した話し合い」の意義である。
 「徹底した話し合い」は賃上げ闘争(春闘)で特に、その底力を発揮することになる。

 かたやスト権確立を当たり前として取り組んできた労使と、ストの前にまず「徹底した話し合い」を先行させるべきと信じて春闘に臨んできた労使。その「差」の現実は、今日のトヨタの水準をみれば歴然である。
 その歴史については後日「春闘」をテーマにトヨタウェイを解説する項を設け、明らかにすることにしたい。

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