Unit 19: 賃金に関する法規制1-駆け出しコンサルタントの学習成長ブログ(労働法編)
前回、 前々回は、弾力的労働時間制の対象労働者、労働時間の取り扱い、手続きについてお伝えし、各制度の要点を学習しました。
今回は、「賃金に関する法規制1」と題し、労働契約における賃金の意義や賃金に関する法律上の規制についてお伝えします。また、最低賃金に関する基本ルールやチェック方法などから、賃金額の規制についても学習します。具体的な計算例を参考に、最低賃金の基本をしっかりと押さえましょう。
労働契約における賃金の意義
今回は、賃金に関する法規制について学習します。突然ですが、労働契約において賃金はどの程度重要だと思いますか?
非常に重要だと思います。仕事のやりがいや満足など、金銭以外にも大切なものはありますが、私たちが働いて生きていくうえでは何よりもまず賃金が必要だからです。
そうですね。賃金は人々の生活に深く関わるものであり、数ある労働条件の中でも最も重要な条件の一つと言えるでしょう。下図のとおり、賃金には、「労働の対価」という性質があります。
労働者は使用者に「労働を提供して、賃金の支払いを受ける」ということですね。
はい。いま言っていただいた関係がまさに労働契約関係なのですが、労働契約では労働者と使用者はそれぞれ次のような義務を負います。なお、労働契約についてはまた別の機会に詳しく学習します。
労働者の義務 | 使用者の指示に従って労働を提供すること |
---|---|
使用者の義務 | 労働の対価として労働者に賃金を支払うこと |
なるほど。働くということを法的に整理すると以上のようになるのですね。
法律上の賃金規制
賃金に関する法規制には大きく、「賃金額の規制」と「賃金支払方法の規制」の2つがあります。
いくら支払うのか(額)、どうやって支払うのか(支払方法)の規制ですね。それぞれについて詳しく教えてください。
賃金額の規制
賃金額については、最低賃金法で最低基準が定められています。具体的には、全国47都道府県ごとに「地域別最低賃金」が決められており、使用者はこれを下回る賃金額を労働条件とすることはできません。また、最低賃金法では特定の産業に従事する労働者を対象とする「特定(産業別)最低賃金」も決められていて、特定最低賃金の方が地域別最低賃金よりも高い水準となっています。
もし最低賃金を下回る労働契約がある場合はどうなるのですか?
仮に労使双方で合意したとしても、最低賃金を下回る労働契約はその部分が無効となり、賃金は自動的に最低賃金まで引き上げられます。具体的には、次の例のとおりです。なお、最低賃金は時間額(時給)※で定められています。
※一部の特定(産業別)最低賃金には、時間額と日額の両方が定められています
【最低賃金を下回る労働契約の例】
ある使用者と労働者の間で次のような労働契約が結ばれたとします(一部労働条件のみ表記)。
・就業場所:東京都
・賃金:3時間で2,700円(時給制)
2019年3月現在、東京都の地域別最低賃金は985円となっていて、上記の労働契約における賃金(時給900円)はこれを下回ります。最低賃金を下回る上記の賃金は無効となり、自動的に最低賃金額(時給985円)まで引き上げられるため、賃金「3時間で2,955円」という労働契約を結んだものとみなされます。
なるほど。最低賃金法は労使双方の意思に関わらない強制力を持っているのですね。最低賃金は時給で決められているようですが、月給制で働く労働者などにもこのルールが適用されるのですか?
はい。原則としてすべての労働者が最低賃金法の対象ですので、月給制や時給制を問わず適用されます。パートタイマー、アルバイト、臨時、嘱託等の雇用形態はもちろん、性別や年齢も関係ありません。
文字通り賃金を受けるすべての労働者が対象なのですね。そのほかに何か最低賃金に関して注意することはありますか?
はい。どの賃金項目が最低賃金の対象となるかに注意が必要です。最低賃金の対象となるのは、「毎月支払われる基本的な賃金」であり、残業代や賞与、一部の手当は除外して計算することになっています。具体的な除外項目は次のとおりです。
【最低賃金の対象とならない賃金】
(1)臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
(2)1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
(3)所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
(4)所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
(5)午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
(6)精皆勤手当、通勤手当及び家族手当
例えば月給制の場合で精皆勤手当や通勤手当が支給されている場合は、これらの手当を除いて最低賃金を計算するのですね。製造業などを中心に精皆勤手当を支給している会社は少なくないと思いますが、このような会社では最低賃金の計算において注意が必要ですね。
集団的労使関係から個別的労使関係への変化
最後に、最低賃金のチェック方法と具体的な計算例を紹介して、本日の講義を終わりにすることとします。まず、最低賃金のチェック方法については次のとおりです。
【最低賃金のチェック方法】
(1)時給制の場合
「時給>=最低賃金額(時間額)」
(2)日給制の場合
「日給÷1日の所定労働時間>=最低賃金額(時間額)」
ただし、日額が定められている特定(産業別)最低賃金が適用される場合には、
「日給>=最低賃金額(日額)」
(3)月給制の場合
「月給÷1か月平均所定労働時間※>=最低賃金額(時間額)」
※年間所定労働日数÷12×1日あたり所定労働時間
(4)出来高払制その他の請負制によって定められた賃金の場合
「出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を、当該賃金算定期間において出来高払制その他の請負制によって労働した総労働時間数で除した金額>=最低賃金(時間額)」
(5)上記1〜4の組み合わせの場合
例えば基本給が日給制で各手当(職務手当等)が月給制などの場合は、それぞれ上の2、3の式により時間額に換算し、それを合計したものと最低賃金額(時間額)と比較します。
賃金形態の違いに応じてそれぞれ計算の仕方が異なるのですね。
ここで、「(3)月給の場合」の計算方法を次の具体例で確認してみましょう。
【月給制で働くAさんの賃金は?】
東京都で働く労働者Aさんは、N月に以下のような賃金が支給されました。
<N月の賃金支給額>
基本給:180,000円
通勤手当:5,000円
皆勤手当:10,000円
時間外手当:35,000円
合計:230,000円
年間労働日数:260日
労働時間/日:8時間
東京都最低賃金:985円
この場合、Aさんのこの賃金が最低賃金を上回っているかどうかは次のようにチェックします。
(1)Aさんに支給された賃金から、最低賃金の対象とならない賃金の通勤手当、皆勤手当、時間外手当を除きます。
230,000円-(5,000円+10,000円+35,000円)=180,000円
(2)この金額を時間額に換算し、最低賃金額と比較すると、
180,000円÷(260日÷12か月×8時間)=1,038円>985円
となり、Aさんの賃金は最低賃金額以上となります。
なるほど。Aさんの例を通じて、最低賃金の具体的なチェック方法が分かりました。賃金実務においては、「割増賃金の算定基礎給から除外できる賃金項目」と「最低賃金の計算の対象とならない賃金項目」を混同しないようにしなければなりませんね。
本日の講義はここまでとし、次回は「賃金支払方法の規制」についてお伝えしていくことにします。
教授、本日はありがとうございました。
今回の連載内容は、2017年6月16日の講義を参考に執筆しました。
東京労働大学講座「労働条件2」(野川忍 明治大学法科大学院教授)
※東京労働大学講座は、独立行政法人労働政策研究・研修機構が毎年度開催している、労働問題に関する知識の普及や理解の促進を目的とした講座です。今年度で66回目を数え、これまでの修了者は27,000人を超える歴史と伝統を誇る講座です(2018年1月時点)。
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