喫煙などの生活習慣を採用拒否の条件にできるか

第67回 ホワイト企業人事労務ワンポイント解説
Q
当社では健康経営を推進するために、就業時間中の喫煙を禁止しています。そこから一歩進めて、「非喫煙者」であることを採用の条件に加えたいと社内で検討していますが、何か問題はあるでしょうか。
また、以前、日帰り出張の業務中に飲酒した社員がいたため、喫煙に加え「飲酒の習慣がある者」も採用条件から除外したらどうかとの意見もありますが、どのように考えたら良いかご教示ください。
A
健康増進法の改正(2020年4月施行)もあって、近年では「場所」での禁煙に加えて「勤務時間中」の禁煙を導入する企業も増えています。このような風潮に一部の喫煙者からは「差別だ」「人権侵害だ」との不満の声も聞かれますが、受動喫煙の害(他者危害性)や三次喫煙(衣服や呼気に残留しているタバコ成分の吸入)への不安を訴える非喫煙者の声は無視できない問題といえます。したがって労働時間中の喫煙禁止は必要性や合理性が認められ、多くの企業で実施されているのが現在の状況といえます。
今回のご相談は、採用の条件を「非喫煙者」、また「飲酒の習慣がない者」に限定することが可能かという内容です。採用時にこのような条件を課すことは、企業が仕事中だけでなく私生活上の喫煙や飲酒の制限を採用希望者に求めることになり、法的な問題を含めどこまで認められるのか、以下、検討してみたいと思います。
採用の自由と公正な採用選考について
使用者には、経済活動の自由が保障されていて、その一貫として、契約の自由、採用の自由があるとされています。どのような労働者を雇い入れるかは企業業績を左右する重要な決定であるため、原則として企業は採用者を自由に決定できるとされています。
ただし、採用に関して例外的に、労働者保護や社会政策的背景から法で規制される場合があります。たとえば、性別を理由とする採用差別の禁止(雇用機会均等法)、年齢を理由とする採用差別の禁止(労働施策総合推進法)、障害者を一定数雇用する義務(障害者雇用促進法)などです。
一方、今回のご相談にある、喫煙や飲酒の習慣のない労働者であることを採用の条件にしてはならない旨の法律は存在しません。
厚生労働省では、WEBサイトに「公正な採用選考について」を掲載し、また、「公正な採用選考をめざして」(令和4年版)とするパンフレットを作成し、採用選考に関する行政としての基本的な考え方を公表しています。この中で、公正な選考基準の基本として次の2点が挙げられています。
①応募者に広く門戸を開くこと
②本人のもつ適性・能力に基づいた採用基準とすること
そして、②にある「本人の適性・能力」とは関係ない事項として、以下を挙げています。
〇本人に責任のない事項……本籍・出生地、家族に関すること、住宅状況に関すること、生活環境・家庭環境に関すること
〇本来自由であるべき事項……宗教、支持政党、人生観・生活信条、尊敬する人物、思想、労働組合への加入状況や活動歴、学生運動などの社会運動、購読新聞・雑誌・愛読書など
公正な選考を行う上で、これらの事項を応募用紙に記載させたり、面接時に尋ねたりすることは、就職差別につながる恐れがあるとしているので、企業の採用担当者は注意が必要です。
非喫煙者であることを採用の条件にすることは可能
同パンフレットには喫煙や飲酒の習慣についての記載は特段ありません。行政も喫煙や飲酒の習慣は「応募者の適性・能力とは関係ない事項」には必ずしも該当しないと考えているのだと思われます。
むしろ、健康経営を推進する今回の相談者の会社のような立場からすれば、喫煙や飲酒の習慣は、「本人の適性」に関する事項に当たると主張することも可能で、一定の合理性があると考えられます。
一方、厚生労働省のパンフレットでは、当然ですが「応募者の基本的人権を尊重すること」としています。憲法でも基本的人権の一つとして個人の「職業選択の自由」が保障されています。業務時間外の喫煙や飲酒のような私生活上の習慣があることを理由に採用拒否することが人格権保障の観点で差別や偏見を助長しないか別途検討する必要があると考えます。
そのうえで、喫煙に関する本稿での結論ですが、他者の健康への影響(受動喫煙や三次喫煙によるもの)や、改正健康増進法をはじめとする禁煙化の流れ等に鑑みると、使用者が採用の自由に基づき、健康経営の推進を目的として「非喫煙者」であることを採用条件とすることには合理性があると考えられ、法的問題が発生する可能性は低いと考えます。
飲酒の習慣のある者を採用から排除できるか
飲酒の習慣については、喫煙とは異なり、節度あるものであれば、他人に迷惑がかかるものではなく、私生活で飲酒を嗜む習慣のある者を採用の条件から一切排除するのは、やりすぎではないかと考える人も多いのではないでしょうか。
しかし、使用者に認められる採用の自由の観点からすれば、飲酒の習慣が業務(例えば、運転や危険物取扱いなど)に与える影響等を精査した上で採用条件の一つに設定することは許容されると考えます。その際は、どの程度の飲酒であればその会社の業務や業績に悪影響を与える可能性のある「飲酒習慣」に当たるのかについて会社として基準(たとえば一日二合を超える飲酒習慣はNG等)を設けることが、後々の紛争防止の観点で望ましいといえます。
企業は契約自由の原則に基づき、採用する人物や雇用条件を自由に決定できると考えられます。喫煙や飲酒の習慣だけでなく、他の生活習慣、髪型、髭、服装などについても、採用に関するテーマとして社内で議論することには意味があると考えます。
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