通勤時の災害と労災給付の認定について
第87回 ホワイト企業人事労務ワンポイント解説
Q
当店では学生アルバイトを数名雇用しています。彼らが学校から当店へ向う途上、又は当店から学校へ向かう途上で交通事故などにより負傷した場合、通勤災害になるのでしょうか?
A
通勤災害は労災保険法の枠の中で業務災害に準じて保険給付が行われるもので、具体的には「労働者の通勤による負傷、疾病、傷害又は死亡」をさします。
ここで「通勤」とは、労働者が「就業に関し」、①「住居」と「就業の場所」との間の往復、②就業の場所から他の就業場所への移動、③①の往復に先行または後続する住居間の移動(たとえば、単身赴任者が週末に帰省した場合など)を、「合理的な経路と方法」により行なうものをいい、「業務の性質を有するもの」を除くとされています(労災保険法7条2項)。
以下では、この通勤災害の法律条文で使われている用語の解釈について簡潔に説明します。
「通勤災害」の認定要件とは?
(1)「就業に関し」、の解釈
「業務を開始又は終了した場所」と住居とを往復する間に災害に遭遇することが通勤災害の要件となります。ここで「業務」とは賃金が支払われる対象業務だけではなく、たとえば、業務性のある会合のあと、同じ場所で開催された懇親会(約55分)の終了後の帰宅中の事故について通勤災害と認められた裁判例があります。
(2)「住居」、の解釈
通勤の起点また終点となるものが「住居」です。通常は労働者が居住している家屋等ですが、長時間の残業や早出のために借りたアパートや、台風などで帰宅困難となり会社近くのホテルに宿泊するような場合も住居と認められます。ただし、たまたま友人宅に泊まってしまい、そこから出勤する場合などは、住居からの通勤とは認められません。
(3)「就業の場所」、の解釈
業務を開始・終了する場所をいいますが、取引先で会議をして、そこから帰宅する場合などは取引先が「業務が終了した場所」となります。
(4)「合理的な経路と方法」、の解釈
会社に申請している経路だけでなく、通常利用できる経路であれば、「合理的な経路」と認められます。また、電車事故等で迂回する経路、マイカー通勤者が駐車場を経由して通る経路なども合理的な経路となります。
「合理的な方法」とは公共交通機関、自動車、自転車、徒歩等になります。会社が禁止しているマイカー通勤や、バス利用を申請しているのに自転車を利用するといった通勤も、通勤行為として行なわれている限り「合理的な方法」と解釈されます。
(5)「業務の性質を有するもの」、の解釈
通勤途上であっても、会社が提供した専用の交通機関の利用(通勤バス等)、又は通勤の途中で業務を行なうことを予定していた場合等、事業主の支配下に置かれていたと認められる場合の災害は通勤ではなく業務災害となります。
「逸脱・中断」および「日常生活上必要な行為」とは
労働者が通勤の経路を逸脱したり中断した場合、逸脱または中断の間、およびその後の移動は「通勤」とはなりません。ただし、当該逸脱または中断が、日用品の購入、職業能力開発のための受講、選挙権の行使、病院での診療、一定の近親者の介護のための最小限度のものである場合は、逸脱・中断の間を除き「通勤」とされます(下図を参照)。
今回の冒頭のご質問の学生アルバイトの場合、事故があった場所が「住居と就業との間」の移動中と言えるかが問題となります。アルバイトで働く店舗は「就業の場所」と言えますが、起点・終点は「住居」である必要があり、大学は「住居」には該当しません。したがって、「大学」と「就業の場所」の間の移動は「通勤」とは認められず、その間の災害については「通勤災害」とは認められません。
「通勤による」、の解釈
通勤災害は、「通勤による」ものでなければなりません。これは通勤と負傷との間に相当因果関係がある必要があり、通勤の経路上で起こったすべての災害が通勤災害になるわけではありません。
例えば、通勤途上で「脳出血」を発症して死亡したような場合、「通勤は発症の機会とはなったが、有力な原因になったとはいえない」場合は通勤災害とは認められません。また、通勤途上で以前から私的に恨みを買っていた相手から待ち伏せ暴行され負傷したような場合も「通勤に通常伴う危険性」が具体化したとは言えず、通勤災害には認定されないでしょう。
一方、合理的な通勤経路上で発生した通常の交通事故や転倒事故のほとんどは、通勤災害として認められるものと考えられます。
通勤に関する最近の裁判例(東京地判令5・3・30)
最近の裁判事例を一つご紹介します。飲食業の会社に雇用されていたX(原告)は、通勤中の電車内で女性客に迷惑行為を行なっていた男性(加害者)に車両から降りるように注意し、降りた駅のホームで喧嘩闘争状態となり警察が出動する事態となりました。その際、酩酊状態にあった加害者から蹴られて骨折等の障害を負ったことについてXが労災保険給付の申請を行なったところ、通勤災害とは認められないとして不支給になったことから、この不支給処分の取り消しを求めた裁判です。
裁判所は、Xの注意により男性(加害者)が迷惑行為を中止して降車した時点からは通勤の中断と認められ、中断中ないし中断後の負傷であるから、通勤による負傷には該当しないとしました。本件は、通勤の機会に発生したものであっても通勤との関連性は希薄であり、通勤に内在する危険が現実化したものとは言えません。
Xにとっては、電車内で迷惑行為を受けていた女性客を助けようとした善意による行動であったとしても、通勤中の災害として認められる要件を欠いており、通勤災害としての請求は否認されました。
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