「2023年度日本経済ならびに春季賃金改定の見通し」(2023年2月景況トレンド)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
調査部 主席研究員 小林真一郎
(2023年2月21日 春季定例研究会ブックレット「春季賃金交渉関連資料」より)
景況分析と賃金、賞与の動向(34)
日本経済の現状と2023年度の見通し
国内景気は、物価高や海外経済の減速による下振れが懸念される中にあっても緩やかに持ち直している。
2022年の年初から新型のオミクロン株の感染が急速に拡大する感染第6波に見舞われたものの、特定地域でのまん延防止等重点措置の適用にとどまるなど行動制限の適用が限定的だったうえ、オミクロン株の重症化リスクが小さかったため、需要の落ち込みはそれまでの感染拡大期と比べて軽微にとどまった。そして、4~6月期においては、物価上昇や上海ロックダウンによる供給制約といった景気のマイナス要因があったにもかかわらず、感染第6波が収束し、行動制限のない大型連休を迎えたことで個人消費が急回復し、景気の回復が進んだ。
7~9月期は、久し振りに行動制限のない夏休みを迎えた一方で、感染第7波による行動自粛や、物価高の影響で食料品や家電製品など一部に買い控えの動きが出たため、個人消費の回復の勢いが鈍り、実質GDP成長率はマイナスに転じた。それでも、需要の落ち込みは小幅にとどまり、景気の持ち直しの動きは維持された。
続く10~12月期はプラス成長に復帰し、プラス幅も大きめとなると予想される。①全国旅行支援の影響もあって、対面型サービスを中心に個人消費の増加が続く、②旺盛な投資意欲を背景に企業の設備投資の増加が続く、③水際対策の緩和を受けてインバウンド需要が増加している、などが景気のプラス要因である。2022年末から2023年始にかけても、人流や交通量の状況から判断すると、コロナ禍による経済社会活動への制約は相当薄らいでいることがうかがえる。このため、2023年入り後も景気の持ち直しは維持されていると考えられる。
このように、新型コロナウイルスの感染拡大による景気下押し圧力が後退しつつあることは明るい材料であるが、その一方で景気の下振れリスクも高まっている。
第一に、物価上昇のマイナス効果が指摘される。感染拡大によって供給に制限がかかる一方で、感染収束時に一気に需要が持ち直したため、様々な財やサービスで需給バランスが崩れ、価格の上昇につながってきた。特に原油等の資源価格については、2021年に入ってから上昇ペースが高まり、ロシアのウクライナ侵攻後は、その動きが加速した。さらに、2022年春以降の急速な円安が輸入物価を急上昇させた。このため、2022年12月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)が前年比+4.0%まで上昇するなど、物価上昇率は歴史的な高さにある。特に食品、エネルギーなどの身近なものの値段が上昇しており、節約志向が強まって個人消費が悪化することが懸念される。
そして第二に、世界経済が悪化するリスクが挙げられる。主要各国で物価抑制のために金融引き締めが実施されており、金利上昇による景気へのマイナス効果が懸念されるほか、中国ではゼロコロナ政策解除後の感染急拡大で景気が大きく落ち込むリスクが高まっている。世界経済が減速すれば、輸出の落ち込みを通じて日本経済の下振れにつながる。
それでも、2023年5月8日には、新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが季節性インフルエンザと同等の5類に変更される予定であるなど、コロナ禍による経済社会活動の制限がほぼ解消されるアフターコロナ期に移行すると見込まれ、内需を中心に景気の緩やかな回復が続く。
感染による景気下振れリスクが大きく後退する一方、物価高や海外経済減速による景気下押し圧力が年前半に強まることで、回復テンポはいったん鈍化する可能性はある。しかし、家計部門においては平時への復帰の動きが、企業部門においては手控えられていた設備投資の再開やアフターコロナ期を見据えての前向きな投資の増加が、景気を押し上げる原動力となり、景気が失速することは回避されよう。このため、2023年を通じて景気は緩やかな回復基調をたどる見込みであり、年度でみた実質 GDP成長率は前年比+1.3%とプラス成長を維持するであろう。
春闘を取り巻く環境
次に、春闘の行方を考える上でポイントとなる企業業績、物価、雇用情勢について、足元の動きを確認しておこう。
企業の経常利益(以下、財務省「法人企業統計」ベースで金融業、保険業を除く)は、2021年度は前年比+36.8%と大幅な増益となった。金額は86.7兆円に達し、2018年度を上回って過去最高益を更新した。海外経済の回復による輸出増加や、コロナ禍においても国内の財の需要が底堅く推移したことから、製造業を中心として急速に持ち直した。
業績改善の動きは2022年度に入っても続き、経常利益は4~6月期に前年比+17.6%、7~9月期に同+18.3%と7四半期連続でプラスとなった。製造業では、原油、小麦等の資源価格高によって仕入れコストが急増していることが業績改善の足かせとなっているが、輸出企業を中心に円安のメリットを享受できているうえ、販売価格の引き上げがある程度進んでいることが業績改善につながっている。一方、非製造業では、コロナ禍の影響が薄らいでいることで対面型サービス業の業績が改善していることや、コスト高の一部を販売価格に転嫁していることが、利益の押し上げに寄与している。
2022年度下期は、製造業、非製造業ともに円安や原油などの資源価格上昇による輸入コストの増加が業績を一段と圧迫するとみられ、経常利益は前年比でマイナスに転じると予想される。製造業では、円安修正によって徐々に円安メリットが薄らいでいくこと、世界経済の減速によって輸出の伸びが鈍る可能性があることから、業績は悪化するだろう。非製造業においては、対面型サービス業を中心にコロナ禍からの回復過程における需要の持ち直しが期待されるうえ、インバウンド需要回復、コスト増加の販売価格への転嫁などが売上高の増加につながると期待されるが、コスト高が一般管理費や販売管理費など様々なものに波及する中で、業績は厳しさを増してくるとみられる。
もっとも年度ベースでは、前半の業績回復による貯金もあって、2022年度の経常利益は前年比+5.8%と増加する見通しである。金額も過去最高益を更新し、91.7兆円まで増加しよう。
二つめに物価動向であるが、先述した通り、景気を悪化させるリスクがあるほど上昇幅が拡大している。政府の物価高対策によるエネルギー価格の押し下げ効果により、少なくとも夏場までは物価上昇率が抑制されるが、それでも2%台の伸びが続く見込みである。また、電力会社等による燃料調達費の上限引き上げが進むことで、春先以降は物価上昇圧力が一段と高まる可能性がある。このため物価動向は、2023年の春闘において企業側、組合側の双方にとって最大の関心事項になる見込みである。
三つめが雇用情勢である。総務省「労働力調査」によると、完全失業率(季節調整値)は、2020年 10月に3.1%まで悪化した後は改善に転じ、新型コロナウイルスの感染状況に左右されながらも、2022年12月時点で2.5%と低水準にある。また、有効求人倍率など、その他の雇用関連指標も軒並み改善しており、雇用情勢は近いうちにコロナ前の状況まで回復すると見込まれる。
最近では雇用の流動化が進みつつあり、コロナ禍で営業活動を制限せざるを得なかった対面型サービス業から、人手不足感が強い業種に労働者が移動している。この結果、新型コロナウイルスの感染拡大による景気下押し圧力が薄らぎ、需要が回復するのに伴って、対面型サービス業など一部業種では人手不足感が強まっている。このため、営業再開ができないなど供給制約の問題に直面するリスクがあり、すでにそうした兆候もうかがえる。こうした中で、完全失業率も低下基調を維持すると予想され、2021年度の2.8%に対し、2022年度では2.5%に低下し、2023年度に2.3%まで改善すると予想される。
2023年春闘における賃金改定の見通し
以上みてきたように、2023年の春闘を取り巻く環境は良好な状態にある。
厚生労働省の「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」によれば、2022年の民間主要企業の賃上げ率(定期昇給分も含む)は2.20%(前年差+0.34ポイント)に高まった。これに対して2023年の春闘では、賃金が上昇しやすい状況にあり、連合もベースアップ相当分として3%程度、定期昇給分と合わせて5%程度の賃上げを求めている。一方、物価高に配慮して、積極的な賃上げを実施する姿勢を示す経営者が増えている。これらを踏まえ、三菱UFJリサーチ&コンサルティングでは、2023年の賃上げ率は2.6%程度を予想している。岸田政権が企業に対して呼び掛けている物価上昇率を上回る賃上げは現実的には難しいものの、それでも1998年の2.66%以来の高い伸びになるだろう。
ただし、日本全体の賃金の上昇が進むかどうか、すなわち賃上げの裾野が広がり、賃金の底上げが進むかどうかは、中小企業の賃金動向によるところが大きいが、中小企業ではコスト高の販売価格への転嫁が遅れており、大企業ほど簡単に賃上げを検討できる状況にはない。このため、春闘の賃上げ率ほどは、賃金の上昇が進まない可能性がある。
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