「見方を変える」ための組織のあり方ー2ー
見方を変えれば、世界が変わる(11)
こんにちは、コンサルタント・中小企業診断士の田中博志です。
前回から、「制約条件理論(TOC)」の提唱者であるゴールドラット博士の「4つの基本前提」と組織のあり方との関係を考えています。念のために「4つの基本前提」をもう一度確認します。
【4つの基本前提】
1.ものごとは、そもそもシンプルである
2.人はもともと善良である
3.Win-Winは常に可能である
4.決して、わかったつもりになってはならない
前回は、架空の会社員Aさんを想定し、組織環境の影響で個人の信念が「4つの基本前提」から「逆前提」に変わるケースを見ました。「逆前提」は次のようなものでしたね。
【逆前提】
1'ものごとは複雑で理解などできない
2'人はもともと自分の利益しか考えない
3'Win-Winの解決策など存在しない
4'私は何でも完璧にわかっている(私の考えが相手より優っている)
「4つの基本前提」は、お互いに信頼し、協力・補完して生産性が上がる「明るい組織」を生み、「逆前提」は、お互いをけん制し、生産性より勝ち負けを優先する「殺伐とした組織」を生みやすいことがわかりました。
また、多くの人が「明るい組織」を望みながら、組織という「場」の作用によって「殺伐とした組織」になってしまう可能性も垣間見えました。
今回は、どのような要因が「殺伐とした組織」を生みやすいのか、それをどうやって変えればよいかを探っていきます。
ポイントはコミュニケーションのスタイルにあると思います。
さて、皆さんの周りでは、会議や議論が次のようなスタイルで進むことはありませんか?
- 各人が、自分が議論に勝つことを目的にしている。
- 「自分の意見が唯一の正しい答えである」というスタンスを崩さない。
- 他の人の意見の間違いを証明しようとする。
- 他の人の意見を聞くときは、その意見の欠点を探して反論を組み立てながら聴く。
- 他の人の立場や見解に異論を唱え、ムキになって自説の正しさを主張する。
- 制限時間の最終段階では、自分の立場を是認する結論や自分に有利な投票を求める。
少しきつい言葉もありますが、これらは討論(ディベート)の特徴をあげたものです。
ご存知のように、ディベートは西洋で発達した議論のやり方です。
意見が対立する者同士が、自説の正しさと相手の間違いを証明しようと事実(証拠)と論理を積み上げて競い、最終的に優れている方を議論の結論として採択します。
「どちらの意見が正しいか」を追求するので、「勝ち負け」に意識が集中することが最大の特徴です。
日本にもディベートが広がりましたので、会社の中で「勝ち負け」を中心に議論が進むことがあってもおかしくありません。
そればかりか、ビジネス上の議論は「雌雄を決すること」が本質だとの見方があるようにも感じます。
「勝ち負け」中心の議論が身近にあることは何を意味するのでしょうか?
ここで、前回のAさんのケースを思い出してみてください。上記のスタイルと同じような内容がありましたね。
実は、このスタイルは「逆前提」に変えた後のAさんの会議に挑む姿勢(次の(a)'から(d)')ととてもよく似ているのです。
【「逆前提」に基づくAさんの姿勢】
(a)'複雑な問題を理解しようとしない。問題の掘り下げは「時間の無駄」だと早く打ち切ろうとする。
(b)'意見が異なると自説を繰り返すばかりで相手の考えに耳を傾けない。あるいは、終始、相手のあら探しをする。
(c)'相手が謙虚な姿勢を見せると「自信がない証拠だ」と言い、自分の主張が優っていると強弁する。
(d)'お互いの信頼関係には興味がなく、血眼になって自分に有利な結論を出そうとする。
ということは、「勝ち負け」中心の議論を日常的に続けると、「殺伐とした組織」になる可能性が十分にあることになります。
そして、ディベート的なスタイルが根付いた「場」では、図らずも、Aさんが経験したような「マイナスの体験」が生まれやすいのではないでしょうか。
では、どうすればいいのでしょう? 答えはとてもシンプルです。組織が「プラスの体験」をできる「場」になれば良いのです。
そのためにはまず、全員が「4つの基本前提」に立つことが重要です。
もう一つ重要なのは、次のようなリアルな体験をたくさん創り出すことです。
(ア) 複雑そうな問題を皆で協力してじっくりと掘り下げていくうちに、色々なつながりが明らかになって全体の構造を理解できた。
(イ) 意見が違っても、相手の真意や背景を思いやって耳を傾けることで相互理解が進み、共有できるビジョンが見つかった。
(ウ) 自説を守ることにこだわらず、お互いにオープンに質問をし、本音を出し合いながら深く考えることができ、思いもよらぬ発見を得た。
(エ) 相手を信頼して双方のニーズを満たす方法を探し求め、Win-Winの解決策を見出した。
このような体験をすれば、誰でも「『4つの基本前提』に立って良かった」と実感できますよね。
では、どのようなコミュニケーションのスタイルなら、(ア)から(エ)のような体験が生まれやすくなるでしょうか。
先ほどの、討論(ディベート)スタイルと対比して考えてみましょう。
新しいスタイルは、対話(ダイアログ)と呼ばれ、「学習する組織」を提唱したピーター・センゲ博士らが、真の共感と学びを生む話し合い方として推奨しています。
利害関係が複雑にからみあう問題でも、未来志向で解決策を見つけやすいので、企業だけでなく自治体やコミュニティでも広く実践されています。
このスタイルで大切なのは心構えです。
難しいテクニックは何もいりません。
図表2の右側のように、探究心を働かせ、お互いに理解しよう・支え合おうという姿勢で話し合います。
ダイアログの第一の特長は、「何でも言える安全な場」であることです。相手を傷つけることを目的とした言動はいけませんが、真摯な発言であれば「間違っていても怒られない・つけ込まれない」「舌足らずでも真意を思いやってもらえる」のです。
ありがちな「本音で話せと言われたので、本音を言ったら怒られた」ではなく、本当に、安心して本音を言える環境があるといいですよね。
2番目の特長は、「皆で新しいアイディアを創った」と実感できることです。
普通の会議では、「最終的に誰の意見に決まったか」とか「この結論は誰のお蔭か」ということが気になりませんか?
このように「MVP」を探すようなことをしすぎると、「皆の結論」という感覚が得にくくなります。
「誰かのアイディア」ではなく、「話し合いの『場』から生まれた皆のアイディア」と考えた方が、感慨深く、結論への共感度も高まるでしょう。
実際にダイアログをすると、「今のあなたの言葉で思ったんだけど・・・」「そうだとすると・・・も考えられるね」など、ある人の発言に触発されて別の人が新たな発想をし、ということが続きます。
結論は相互作用の数珠つなぎの末に得られるので、「皆で創ったアイディア」とすなおに受けとめられます。
一方、ディベートは自説を守りながら進むので、「皆で創った」という境地にはなれません。
3番目の特長は、「心が通い合った」という実感が得られることです。
対話の結論だけでなく、お互いの背景や不完全さを共有できた、という感じです。
理屈や打算ではなく、生身の人間としてのつながりが感じられ、共に働いていく仲間という意識が芽生えます。
組織のコミュニケーションのスタイルを、ディベート的なものから、ダイアログ的なものに転換することが「明るい組織」「生産性の上がる組織」になるためのカギなのです。
近年、ダイアログをベースにした話し合い方が急速に広がっています。
代表的なものに「ワールド・カフェ」があります。
日立グループは、2010年に創業100周年記念として、「100年後の日立グループの未来」をテーマに大規模なワールド・カフェを開催しました。
ワールド・カフェでは、カフェのようなリラックスした雰囲気が演出され、4~5人ずつのテーブルに分かれて共通のテーマについて集中して話し合います。
参加者が安心して本音を言えるように「他人の意見を否定しない」といったグランドルールを設定し、より多くの人と話し合えるように何度か席替えをします。
このような形で意見を交換すると、不思議なことに、参加者の間に多くの共感や発見が生まれます。
プライムコンサルタントは、この対話のやり方を「共感・発見ミーティング」と名付け、たくさんのクライアント企業でファシリテーションをしてきました。
参加者に皆さんからは、
「普段話せない人たちと本音で語りあうことができて、とても面白かった」
「このような対話が必要だということがよく分かった。これからも是非続けて欲しい」
「『聴くこと』が驚くほどすなおにできて感動した」
「『自分の言葉が相手のためになる。相手のために話そう』という気持ちになった」
などの感想をお聴きしています。
普段、ディベート的なスタイルに慣れている人でも、仕掛けを工夫することで、尊重と傾聴をベースに「勝ち負け」にこだわらない、本音の対話ができるのです。ですから、「場の転換」は十分に可能なのです。
ただし、「ダイアログとは何か」を知っているだけでは何も変わりません。
大切なのは「あり方」です。
「習うより慣れろ」と言うように、知識の理解でとどめるのではなく、日常的に何度も実践することが重要です。
組織的に対話の機会を設け続けると、参加者の相乗効果によって一人ひとりのコミュニケーションがダイアログのスタイルに変化していきます。
このようにして、組織のあり方がダイアログ的な「場」に転換していくのです。
2回にわたり、「見方の変え方」を使いこなすための「個人の基本的な考え方」と「組織のあり方」を探ってきました。
浮かび上がってきたことは、「4つの基本前提」と「ダイアログ」がお互いに支え合っている姿です。
ひょっとすると、本当に変えるべきことは次の2つなのかもしれません。
- 個人の基本的な考え方を「4つの基本前提」に変える
- 組織のあり方を「ダイアログ的な場」に変える
この2つの変化は表裏一体ですので片方だけでは効果が出ません。
一方、同時に進めると、個人の「4つの基本前提」が、組織にダイアログというコミュニケーションスタイルをもたらし、組織のダイアログ的なあり方が、個人に「4つの基本前提」への確信を強める、という好循環を生みます。
会社の中にこの好循環ができれば、個人は自分の強みを伸ばすことができ、組織は多様な個人の持ち味の相乗効果で日常的なイノベーションが生まれやすくなります。
ダイアログが根付くには少し時間がかかると述べましたが、そのような好循環が得られるなら、地道に取り組んでも良いですよね。
※本稿は、エリヤフ・ゴールドラット博士が提唱された「制約条件理論(TOC)」の思考プロセスを参考にしています。
プライムコンサルタントの
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