賃金のデジタル払いの解禁について
第73回 ホワイト企業人事労務ワンポイント解説
Q
社員の給与のデジタル払いが可能になったと報道され話題になっています。当社は中小企業ですが、社員が希望した場合、デジタル払いの要望に応じなければならないのでしょうか?
A
労働基準法24条では、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」と規定しています。しかし、「通貨で支払う」という点に関しては労働者が同意した場合には銀行口座などへの賃金振込みが認められてきました。
そして、本年(2023年)4月からは、労働者が同意した場合、一部の資金移動業者(厚生労働大臣が指定した●●Payなどが対象)の口座への賃金支払いが解禁されました。キャッシュレス決済の普及や送金手段の多様化のニーズに対応するため、諸外国でも普及が進む賃金のデジタル払いが日本においても可能になったのです。
もっとも、賃金のデジタル払いは、賃金の支払・受け取りの選択肢が増えただけで導入するか否かは使用者が自由に決定でき、また、導入したとしても、労働者がそれを強制されるものでもありません。本稿では、賃金のデジタル払いについて更に解説します。
「指定資金移動業者口座」とは?
賃金のデジタル払いはスマートフォン決済アプリや電子マネー口座に給与を支払う仕組みで、労働者は銀行を介さず直接給与を受け取れることになります。決済アプリへの入金の手間が省けたり、会社が賃金の支払い時期や回数を増やすなど受取り手法を多用化すれば、労働者の利便性が向上することになります。
デジタル払いの対象賃金は、定期賃金のほか、賞与や退職金も含まれます。希望する労働者は賃金を受け取る専用口座(「指定資金移動業者口座」といいます)を設けることになりますが、当該口座は上限が100万円以下に設定されます。上限額を超えた場合は、あらかじめ労働者が指定した銀行口座などに自動的に出金される仕組みとなります(この際の手数料は、労働者の負担となる可能性があります)。
指定資金移動業者口座は「預金」をするためではなく、あくまで支払いや送金に用いる位置づけになります。したがって賃金のデジタル払いを利用する際には、賃金の一部(例えば、5万円)を指定資金移動業者口座で受け取り、その他は銀行口座などで受け取るといった利用が可能です。
賃金のデジタル払いの場合、現金化できないポイントや仮想通貨での賃金支払いは認められません。労働者はATMや銀行口座などへの出金により、口座残高を現金化(払い出し)することができます。少なくとも毎月1回は手数料無しで指定資金移動業者口座から払い出しできるように利用者の利便性が考慮されています。
賃金のデジタル払い導入の手順
次に、会社が賃金のデジタル払いを導入する際の、手順について説明します。
今年の4月1日から、資金移動業者が厚生労働大臣に指定申請ができるようになり、数ヶ月の審査の上で基準を満たしている場合には、その事業者が指定され、厚労省のWEBページに掲載されることになります。各企業は指定を受けた資金移動業者の中から選択することが可能です。
1.労使協定の締結
賃金のデジタル払いを導入する際には、まず、使用者と従業員代表との間で労使協定の締結が必要です。労使協定では、次の事項を定める必要があります。
- 対象となる労働者の範囲
- 対象になる賃金の範囲及び金額
- 会社が取り扱う指定資金移動業者の範囲
- 実施開始時期
2.個別同意書
次に、個々の労働者に説明し、その同意が必要になります。すでに、銀行口座振込み等に関する同意書がある場合でも、改めて個別同意をとる必要があります。
個別同意書には、以下の①~④の事項を記載する必要があります。
- 希望する賃金の範囲、金額
- 口座番号などの必要事項
- 開始希望時期
- 代替口座に関する必要情報
その他の注意事項
前述したとおり、賃金のデジタル払いは、使用者に対しても労働者に対しても導入を強制するものではありません。また、労働者は希望しない場合、これまでどおり銀行口座などで賃金を受け取ることができます。雇用主が希望しない労働者に賃金のデジタル払いを強制することは労働基準法違反となります。
出典:厚生労働省PDF「労働者・雇用主の皆さまへ 賃金のデジタル払いが可能になります!」
口座の乗っ取りなどにより、指定資金移動業者口座から不正出金などされた場合、口座所有者(労働者)に過失がないときは損失額全額が保障されますが、過失があるときの保証については個別のケースによることになります。
万が一、指定資金移動業者が破綻した場合には、賃金受取りに用いる口座の残高が保証機関から保証されるので本人の口座残高が消えてしまう心配はありません。また、口座残高については、最後の入出金日から10年間は、申し出などにより払い戻してもらうことが可能です。
日本では賃金の支払いは月1回が一般的です。賃金のデジタル払いの普及により、米国では普通の「2週に1度」や「週に1度」といった支払い方法の多用化が日本でも進む可能性があります。賃金のデジタル払いはキャッシュレス化を進めたい政府の成長戦略の一環でもあり、今後の動向については、どの企業も無関心ではいられないと言えるでしょう。
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