『障害』転じて福となすー1ー
見方を変えれば、世界が変わる(6)
こんにちは、コンサルタント・中小企業診断士の田中博志です。
仕事は課題を解決することの連続です。
どんな課題でも「できる」と信じて立ち向かう姿勢が大事ですが、その一方で、複雑に入り組んだ問題や、経験したことのないテーマに思わず足がすくみそうになることも、生身の人間にとっては避けられない感情です。
そんな時、「弱音を吐いていてはだめだ」と言い聞かせるだけでは、かえって焦りが増して袋小路に入り込むこともままあります。
今回から、「私にはとても無理です!」と言いたくなるような難しい課題に効果的に対処する方法を探っていきたいと思います。名付けて、「障害」転じて福となす---。
対処すべき課題が手も足も出ないように見えるのは、無数の「障害」があると感じているからです。
実は、この「障害」を感じる気持ちをうまく使って状況を好転させるシンプルな方法があるのです。
今回も、架空の製パン会社「プライムデニッシュ」の営業1課のケースで具体的に考えていきましょう。
『新生』営業1課のその後
前回まで見てきたように、営業1課は、若手の担当エリアで出てきた大型案件には、
「若手とベテランのペアで対応する」
「ベテランと標準のノウハウが共有されている」
「営業1課の成果は全員の相互連携・協力によって創られる」
という新たな方針で再出発しました。
数カ月後、若手のSさんのエリアで大きな引き合いがありました。
プライムデニッシュの商圏内に初出店するYスーパーからの新商品開発の依頼です。
Yスーパーは、地域へ早く浸透するために、他店にはない菓子パンを目玉商品にしたいと考え、プライベートブランド(PB)商品の開発を持ち掛けてきたのです。
約半年後の開店との同時発売を目指し、製パン会社数社から2社を選んで開発・試作を進め、最終的に1社に決定したいとの意向です。
PB品が採用されれば、既存商品も納入しやすいので、どの会社も全力で取り組みます。
もともと商品開発が得意なプライムデニッシュは、ベテランが専属であたれば十分に勝機はあります。
しかし、それだけだと若手が育たないので、「ペアで対応」という方針を決めたのでした。
K課長は、Sさんのパートナーとして開発案件に詳しいTさんを指名しました。
Tさんも、「営業1課の成果は全員で創り出す」との方針に賛同し、快く引き受けました。
Sさんは誠実な人柄で、顧客から厚い信用を得ていましたが、これまでは既存商品の深掘りばかりで、開発案件は課内会議で先輩の事例を見ている程度でした。
ペアを組むTさんは、Sさんの経験の乏しさに配慮し、自分のノウハウの説明から入ろうかと思いました。
しかし、これではSさんが小粒になってしまうと思い直し、より大きな成長のためにできるだけSさん自身に考えてもらうことにしました。
このように心に決めたTさんは、Sさんとの一回目の打ち合わせで次のように切り出しました。
- Tさん:「私たちの大目標は、Y社のPB商品案件の受注ですね。それに向けてどのように進めるかは、まず、Sさん自身で考えてみてください。」
この言葉にSさんは驚きました。Tさんとペアになると聞き、「手とり足とり教えてもらえる」「Tさんの指示に従って経験を積めばいい」と思っていたからです。真面目なSさんは、恐る恐る素直な気持ちをTさんに告げました。
- Sさん:「こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、正直言って、何から手をつけていいか全く想像できません。進め方を考えるなんて、今の私には無理です。」
Tさんは穏やかに言いました。
- Tさん:「わかりました。それが素直な気持ちでしょう。では、どうして無理だと思うのでしょうか? Sさんが『わからない』『難しい』『できない』と感じていることを、包み隠さず言ってみてください。」
てっきり怒られると思っていたSさんは、意外に思いながらも、自分にできるわけがないと思っている理由をポツリポツリと話し始めました。
- Sさん:
「Y社がどんな商品や価格を求めているのかよくわかりません」
「いくらで売ればよいかもわかりません」
「私には当社の商品開発部や製造部をうまく巻き込むことができません」
「Y社の誰に、どんな提案をすればいいかもよくわかりません」
「客先と商品開発の体制やスケジュールを組む知識もノウハウもありません」
「消費者に受ける商品をどのように絞り込んでいいかわかりません」
「競合の作戦も見当がつきません」
「2社の候補に選ばれるために、どんなプレゼン資料を作ればよいかイメージできません」
「候補に選ばれても、最終契約に至るまでの道筋がわかりません」
「未経験なので、何か大きな見落としをするのではという不安があります」
話しながらSさんは、「だから教えてもらわないと無理なんです!」と心の中で叫んでいました。
黙ってSさんの言葉をパソコンでメモしていたTさんは、Sさんが話し終えたところで、メモを見せながら質問しました。
- Tさん:「今、ちょうど10個挙げてくれましたね。もし、この10個をうまく乗り越えられたとしたら、この案件に対応できると思いますか?」
Sさんはきょとんとしてうなずきました。すると、Tさんは次の質問に移りました。
- Tさん:「では、これらをクリアした状態を言ってみてください。具体的なやり方は別にして、『こうなっていたらいい』という状態を言葉にしてみるんです。例えば、1番目については『Y社のニーズを十分にわかっている』という風に。」
Sさんは「なるほど」と素直に受けとめ、どんな風になったらいいかを一生懸命考え、一つ一つ答えていきました。Tさんは先ほどのメモをもとにパソコンで表を作り、Sさんの言葉を打ち込んでいきました。(次の図表1の右側の列)。
メモを取り終えたTさんは、表を見せながらSさんに言いました。
- Tさん:「表の右側に書いてあることをゆっくり読み上げてください。それが終わったら、どんな感じがするか素直な気持ちを教えてください。」
Sさんは、指示通りに「クリアした状態」を声に出して読み上げたのち、しばらく考えて次のように述べました。
- Sさん:「何をすればいいか少し見えてきたような気がします。まだ不安はありますが、少し気持ちが軽くなってきました。」
Tさんは穏やかな面持ちで「少し前進ですね」と言い、新たな質問に移りました。ここからはしばらくは二人のやり取りを見ていきましょう。
- Tさん:「例えば、『Y社のニーズが十分にわかっている』状態になるには何をすればよいと思いますか?」
- Sさん:「Y社関係者への詳しいヒアリングだと思います。ただし漠然と聴くのではなく、予めY社のストアコンセプトを調べたり、本当の狙いや要望を引き出せるような質問を準備しておく必要があると思います。」
- Tさん:「なるほど。詳しいニーズを掴むために、事前準備と詳細ヒアリングをするということですね。これは一人でできそうですか?」
- Sさん:「全くの独力では自信ありませんが、アドバイスを頂いたり、私の案を確認してもらいながらならできると思います。」
- Tさん:「アドバイスも確認も喜んでするので安心してください。私たちはパートナーですから力を合わせてやっていきましょう。ところで、こんな感じで一つ一つクリアしていけば、この案件に対応していけそうですか?」
- Sさん:「そうですね。足りないこともあるかもしれませんが、多分、これらの項目をクリアできれば商品を開発できるのではないでしょうか?」
- Tさん:「実は、この表の右側の内容は、通常の商品開発でやっていることと良く似ています。もちろんイレギュラーな場合もありますが、押さえるべきことはほぼ入っているので自信を持ってください。」
- Sさん:「そうなんですか! 驚きました。では、あとは具体的に進めていけばいいということでしょうか。」
- Tさん:「そうですよ。到底無理なように見えた難題でしたが、Sさんが自分で考えてクリアすべき課題を見つけたんです。」
このようにして、Sさんは、Tさんの力を借りながら、本案件の取り組み課題を見つけることができました。
最初は漠然とした不安で一杯だったSさんの気持ちは少し楽になりました。しかし、課題の多さにも圧倒されていました。
- Sさん:「でも、こんなにたくさんの課題を本当に解決していけるんでしょうか・・・。」
- Tさん:「まだ不安ですよね。それはきっと、どういう順番で進めていけばよいかわからない、ということかもしれませんね。」
- Sさん:「そうです。やることが多すぎて、とても手に負えない、という感じです。何からやったらいいか教えて頂けますか?」
- Tさん:「はい、と言いたいところですが、せっかくですから、それも自分の力で考えてみませんか? 私が手伝いますから・・・。」
Sさんが次に考えるべきことは、どういう順番で進めていくか、つまり「実行計画を組む」ことです。
Tさんによれば、これもSさんの力でできるとのことです。経験のないSさんが、いったいどうやってプランを組めるのでしょうか?
次回は、この後の展開を見ていきます。よろしければ、皆さんも考えてみてください。
※本稿は、エリヤフ・ゴールドラット博士が提唱された「制約条件理論(TOC)」の思考プロセスを参考にしています。
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