理想的な賃金制度をつくる3つのポイント
組織変革への第一歩
よい仕組みをデザインする
賃金制度がうまく機能すると、従業員のやる気と能力を引き出し、仕事の生産性が高まります。人事を改革し、組織を変革するための第一歩と言ってよいでしょう。そんな理想を実現するには、モチベーションを高める「よい賃金の仕組み」を人事制度の中にデザインしていくことが重要です。
賃金制度の設計前に行う4つの事前準備
「人事評価制度を変えたが、賃金との連動が説明できず困った…」
「評価制度の改善を求められたが、賃金制度に話が波及し、意見がまとまらない…」
そもそも賃金制度は、人事管理全体の中でも特に様々な問題を抱えやすい部分です。
「年齢給を廃止しようと思ったが、ベテラン層から猛反発を受けてしまった…」
「慣習的な手当が一部の既得権になっていることが表面化し、職場の雰囲気が険悪に…」
中小企業の賃金を扱う現場では、こうした声がよく聞かれます。制度の不備や人の感情など、賃金に関する問題には様々な要因が絡んでいます。
そのため、やみくもに制度を変更しようとしても、かえってよくない結果を招きがちです。賃金制度の導入を成功させるには、入念な準備が不可欠なのです。
設計前に行うべき4つの事前準備を以下に紹介します。
その1
新制度のコンセプト・ビジョンを共有する
賃金は、従業員にとって重要な労働条件の一つです。前触れなく賃金制度の構築に着手してしまっては従業員が不満を抱き、抵抗されかねません。
まず、新たな人事制度のコンセプトや目的を従業員に示しましょう。そのうえで、給与額設定の基準がどう変わり、組織がどう生まれ変わっていくのかという将来ビジョンを共有します。
このように経営のメッセージをしっかりと伝えることで、新制度に対する従業員の納得感が醸成されていきます。
その2
ベンチマークを探して参考にする
ゼロから賃金制度を設計するには費用も時間もかかるため、特に中小企業にとっては現実的な方法とは言えません。
そこで、世の中の動向や最新の人事トレンドを踏まえ、ベンチマークを決めてそれを参考にしながら構築するといいでしょう。
近年では「ジョブ型賃金」「役割給」など、仕事を基準にして明確に賃金を決める制度が注目されています。反対に年功・能力主義的な一昔前の制度を新たに導入するケースは稀です。
その3
制度設計に必要な人事・賃金データを整理する
制度設計に取りかかる前に、現在の人事・賃金データを洗い出し、情報を整理しておきましょう。
いろいろな整理の仕方がありますが、絶対に欠かせないのが「賃金プロット」の作成です。具体的には、各従業員の基本給額を縦軸に、年齢を横軸にしたグラフ(散布図)を描きます。
グラフで可視化することで、現状の人件費配分に潜む問題点がつかみやすくなります。「特定の人材層に賃金が偏っていないか」「バランスが崩れていないか」など、改善すべき点を具体化することで、その後の制度設計がスムーズに進めやすくなります。
その4
人件費の増減について方向性を検討する
賃金制度を新設・変更すれば、昇給・昇格などの運用手法が変わるのはもちろん、会社全体の人件費についても増減が生じます。
新制度の目的を踏まえ、導入後は次のどちらに舵を取るか、事前に検討し、人件費をシミュレーションしてみましょう。
- 人的投資と捉えて従業員の給与アップを目指す
- 経営効率化のために人件費の削減を行う
- 昇給・昇格のルールを変更して将来の給与バランスを変える
例えば上記1の場合には、新人事制度プロジェクトを中期経営計画と連動させることで、3の場合は新しい評価基準との連動を可視化することで、従業員の成長・貢献意欲や組織変革のスピードが飛躍的に高まります。
賃金制度の設計で重要な3つのポイント
ここからは、制度を設計する際の重要ポイントを3つ紹介します。
賃金制度を構成する「等級」「基本給・昇給」「諸手当」に関して、大まかな検討の方向性をお伝えします。
POINT
01
「等級」のコンセプトを決める
「能力」「職務」「役割」の3つのうち、どれを等級の基本コンセプトとして据えるかがポイントです。現在の日本で納得感のある賃金制度を実現するなら、役割か職務がおすすめです。
職務等級(ジョブ型)は欧米で主流となっている仕事基準の考え方ですが、日本でセオリー通りに運用するのは難しく、役割等級が現実的です。
役割等級は「日本型の仕事基準」とも言われ、組織の規模を問わず新たに導入する企業が増えています。
特に中小企業の場合には、兼務や予期せぬ異動が起きがちなので、「処遇面で柔軟性の高い役割等級」が最もおすすめです。
それぞれの特徴や違いについては、次の表で確認してください。
能力等級 | 役割等級 | 職務等級 | |
特徴 | 安定成長期に日本で発達。社員の能力を細かく分類、階層化。職務と賃金処遇が直接関連しないので仕事を臨機応変に変更しやすい。いわゆる「メンバーシップ型」 | バブル崩壊後に発達。組織における役割で分類、階層化。仕事を大括り・相対的に捉えているので、長期雇用のもとで柔軟な配置と目標設定・評価が可能。能力と職務のよい点を併せ持つ | 欧米で発達。組織編制に応じた職務内容と成果責任を「職務評価」という手法で分類、階層化。職務記述書(ジョブディスクリプション)に基づく労働契約。いわゆる「ジョブ型」 |
処遇方針 | 能力が高くなるほど、賃金も高くなる | 任命される役割責任・貢献度が大きくなるほど、賃金も高くなる | 担当職務のレベルが困難・高度になるほど、賃金も高くなる |
実運用の傾向 | 「人」に着目するため、属人的・年功的賃金になりやすい | 組織上の「役割」に着目するため、属人的なしがらみが少ない | 運用に不慣れな企業が大多数。日本的雇用慣行(長期勤続・無限定な労働契約)にはなじまない |
近年の企業動向 | 年功賃金からの脱却を目指し、役割等級へと変更する動きがみられる。定年延長に関する法改正もあり、その動きはさらに加速 | 役割等級を軸にした賃金制度を導入する動きが活発で、近年のトレンド。日本企業に合った現実解として広く受け入れられている | DX推進、高度専門人材の獲得、コロナ禍のリモートワークなどが相まって、注目する企業も多い。一部の大手や先進企業が導入しはじめている |
POINT
02
「基本給・昇給」ルールを定める
従業員のやる気を引き出すなら、役割に応じて基本給の上限・下限を決め、仕事の貢献度に合わせて昇給額にメリハリをつけるようにしましょう。
さらに、長期的な展望を描いてもらうために昇給カーブも意識すべきです。また、新卒の初任給や役職別の賃金水準の設定も欠かせないポイント。
月給の大部分を占める基本給とその昇給ルールは、世間相場を踏まえながら慎重に設定しましょう。
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POINT
03
「諸手当」を補完的なものに整理する
手当の種類はさまざまで、企業によって支給の有無・目的が異なります。
まず、大方針として手当はいたずらに採用せず、あくまで基本給を補完する役割だと考えましょう。そのうえで、自社に必要なものを上手に組み合わせていきます。
具体的には、「1.労働時間」「2.職務」「3.地域・異動」「4.生活」の4つに分類し、適切な手当体系を構築します。
それぞれの特徴や例を次の表にまとめたので、自社の運用状況と照らしながらチェックしてみてください。
1.労働時間 (仕事の量) |
2.職種 (仕事の種類) |
3.地域・異動 (仕事の場所) |
4.生活 (人の要素) |
|
位置づけ・目的 | 超過勤務や時間算定の困難な仕事などに対して支払うもの | 高賃金の専門人材や、特に負担の大きな作業などに対して支払うもの | 地域賃金水準の差や二重出費の負担を解消するために支払うもの | 従業員個人の生計費を補助するために支払うもの |
代表的な手当の例 | 残業手当(時間外・休日・深夜手当)、管理職手当、外勤手当 | 職種手当、資格手当、特殊作業手当、 | 地域手当、単身赴任手当、転勤者住宅補助 | 通勤手当、家族手当、住宅手当 |
手当設定の注意点
働き方や仕事の種類、雇用している人材の違いなどに着目し、本当に必要なものだけに絞って、シンプルな体系を組み立てることが重要です。
手当の改廃は、各人の利害感情を直撃する面が強いので、基本給への吸収や段階的な金額変更など移行措置を工夫しましょう。
また、近年では「同一労働同一賃金」への対応も見逃せません。パートタイム・有期契約・再雇用等の雇用区分の違いに応じて、多用な働き方の実現を後押しできるような手当設定を心がけましょう。
まとめ
ここまで、賃金制度の設計前に準備すべきことや、設計時の重要ポイントなどを紹介してきました。
最後にもう一度、4つの事前準備と3つのポイントを確認しましょう。
- 事前準備4つ
-
- 新制度のコンセプト・ビジョンを共有する
- ベンチマークを探して参考にする
- 制度設計に必要な人事・賃金データを整理する
- 人件費の増減について方向性を検討する
- ポイント3つ
-
- 等級のコンセプトを決める
- 基本給・昇給ルールを定める
- 諸手当を補完的なものに整理する
このように、ちゃんとした手順を踏んで検討を進めていけば、理想的な賃金制度を設計できます。
「賃金制度は複雑そうだから、どこから手をつければよいかわからない…」
「問題は認識しているが、寝た子を起こすことになりかねない…」
そうした理由で、賃金制度の導入を見送っていませんか?
賃金制度がうまく機能しなければ、処遇に対する納得感が低下し、組織パフォーマンスと労働生産性の向上に悪影響を与えます。
人事を改革して組織に変革を起こすには、従業員のやる気と能力を引き出す賃金制度の存在が不可欠です。
自社単独での設計が困難な場合は、専門コンサルタントの活用を検討してみてください。
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賃金制度の設計には、関連法規に対する正確な理解や緻密な昇給シミュレーションなど、「複雑かつ高度な専門スキル」が求められます。
また、従業員の納得感を醸成するには公平性を担保する必要があるため、社内当事者だけでなく「第三者の存在」も欠かせません。
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