事業主が知っておくべき労災保険の基本知識
Q
職場において企業が実施するコロナ感染症予防接種が急に浮上し、日々進行しています。従業員1,000人以上の大企業が当面の主な対象のようですが、当社のような専任の産業医のいないところでは、自社における予防接種の実施はかなりの困難を伴うと考えています。
コロナ感染症の予防接種は企業にとってどの程度の義務があるのでしょうか。
A
企業には、新型コロナウイルス感染症に対する予防接種を実施する義務はありません。
なお、職域において予防接種を行おうとする企業は、医師・看護師等の医療従事者、接種会場の設営・運営を担う事務スタッフ等必要な人員の確保、会場や必要備品等の確保を行うとともに、都道府県および国に対し、申請を行う必要があります。
また、今回の職域接種制度では、1つの接種会場で2,000回程度(接種対象者1,000人×2回)の接種を行うことを基本としていますので、小さな規模では今回の職域接種制度の対象とはなりません。
「75歳以上の高齢者へのワクチン接種を7月末までに終わらせることを目標にする」ということから始まったワクチン接種に関し、自衛隊の医官を使った東京と大阪での広域の大規模接種が加わり、続いて都道府県単位での大規模接種も開始されました。
さらに、大規模接種会場の予約枠に空きが出てきたことから、75歳以上、65歳以上で未接種の高齢者が多数残っているにもかかわらず、当初の目的達成は中途半端のまま、政府はどんどん接種対象年齢、接種対象職種を広げ、6月6日頃からは、企業、大学等のいわゆる職域でもワクチン接種を、といい出しました。
その目的が、純粋にコロナ対策であるのか、オリンピック開催のためであるのかは分かりませんが、ここに至って矢継ぎ早に異常と思えるほどワクチン接種のスピードアップを図っているのであれば、もっと早くに接種を推進する機会はいくらでもあったのに、と思わざるを得ません。
それはともかく、この予防接種実施の法的根拠は、次のとおりです。

昨年(2020年)12月に改正された予防接種法附則第7条第1項は、次のように規定されています。
| (新型コロナウイルス感染症に係る予防接種に関する特例)
第7条 厚生労働大臣は、新型コロナウイルス感染症のまん延予防上緊急の必要があると認めるときは、その対象者、その期日又は期間及び使用するワクチンを指定して、都道府県知事を通じて市町村長に対し、臨時に予防接種を行うよう指示することができる。 この場合において、都道府県知事は、当該都道府県の区域内で円滑に当該予防接種が行われるよう、当該市町村長に対し、必要な協力をするものとする。 |
つまり、予防接種の実施義務者は、市町村長です。
次に、職域接種に関してですが、本年6月8日に厚生労働省が発行した「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種の実施に関する職域接種向け手引き(初版)」7ページには、次のような記述があります。
| 新型コロナウイルス感染症に係る予防接種は、新型コロナウイルス感染症による死亡者や重傷者の発生をできる限り減らし、結果として新型コロナウイルス感染症のまん延の防止を図ることを目的とする。職域接種についても、予防接種法附則第7条の特例規定に基づき、厚生労働大臣の指示のもと、都道府県の協力により、市町村(特別区を含む。)以下同じ。)において実施するものであり、接種にかかる費用については、国が負担する。 |
「企業が実施する」とか「大学が実施する」といった文言は出てきません。
「職域接種」といっても、法的には、市町村が実施するものであり、企業はその補助者、手伝いといった位置づけでしょうか。つまり、「職域接種」は、市町村が実施する予防接種の範疇に含まれるということです。
余計な説明ですが、上記手引きに「市町村において実施する」というのは、「市町村が実施する」という意味であり、「市町村という場所において実施する」という意味ではありません。
以上、企業には、新型コロナウイルス感染症の予防接種を行う義務は課せられていないということです。
なお、大企業においても、顧客と接する機会の多いところでは、迅速な職域接種への取組みを見せていますが、事業内容の異なるところでは必ずしも取組みが迅速とはいえないようです。

④ワクチンを適切に保管すること
⑤雇用形態によって接種対象者を区別することは好ましくないこと
⑥被接種者の個人情報は医療機関に準じた取扱いをすること
⑦接種を強制しないこと
著者プロフィール
昭和43年(1968年)、労働基準監督官、以降、労働省労働基準局監督課中央労働基準監察監督官、同賃金課主任中央賃金指導官、静岡労働基準局次長、滋賀労働基準局長などを歴任し、平成10年(1998年)6月退職。
その後も、主に労働法制を中心とした労働問題の第一人者として活躍。