株式会社プライムコンサルタント

採用後一定期間内に退職した運転者に対する二種免許取得のための教育費用返還請求

Q

当社はタクシー事業を営んでいます。
タクシー運転者の募集に当たり必要な第二種運転免許を保有していない応募者には、第二種免許取得に必要な教習を受講させ、その費用は会社からの貸付金としますが、当社においてタクシー運転業務に従事後3年を経過したときは、返還義務を免除することとしています。
このたび、運転業務に従事後1年で退職した事案が発生したので、教習費用の返還を請求したところ、返還請求は労働基準法の禁止する「損害賠償の予定」に当たり、請求は無効であるといってきました。
どのように考えるべきでしょうか。

A

裁判例によれば、一定期間内の退職者に対し、資格取得のために会社が貸し付けた費用の返還を求める行為は、一定期間内の退職を認めないという点に主眼がある場合は、労働基準法第16条に違反しますが、一定期間勤務した場合には返還義務を免除するというのみで、退職の制限を主眼としていない場合は、労働基準法には違反しないという見解が大勢です。ただし、貸付金の趣旨、種類によっては、返還請求できないものもあります。

労働基準法の規定および行政通達

労働基準法第16条は、次のような定めを置いています。

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償を予定する契約をしてはならない。

「労働契約の不履行について、損害賠償を予定する契約をしてはならない」の意味については、次のような行政通達があります。

【美容見習の服務義務】(要約)

無資格者を美容師見習として採用し、美容師資格取得後一定期間の勤務を義務づけ、 当該期間の満了を待たず退職した場合は費用の返還を求める旨の労働契約は、労働基準法第14条及び第16条に違反し無効である。(昭和23.7.15 基収第2408号)

「美容師」を「タクシー運転者」に読み替えれば、期間内に退職した者に対する費用の返還請求は、まさしく労働基準法第16条に違反するといえます。

しかし、次のような見解をとる裁判例も相当数見られます。

短期退職者に対する貸付金返還に関する定めを有効とする裁判所の見解

貸付金契約は、必ずしも退職の自由を奪うものではないとする次のような裁判所の見解があります。

同法第16条が労働契約の不履行について違約金を定め又は損害賠償額を予定することを禁止しているのは、労使関係において違約金の定めをすることが、労働者の自由意思を不当に拘束して労働者を使用者に隷属せしめ、退職の自由を奪うことになる危険性を有しているからである。従って、被控訴会社との貸与金契約が労働基準法第16条に違反するかどうかは、右貸与金契約が存在するために労働者に1年以上にわたる労働契約の継続を強要し、退職の自由を不当に制限する危険性を有しているか否かにより判断すべきである。(河合楽器事件 昭和52.12.23 静岡地裁判決)

すなわち、労働基準法第16条に違反するのは、「貸与金を返済しない限り一定期間内は退職させない」という点に主眼がある場合であり、退職そのものを禁じていない場合は違反しないということです。

また、「一定期間(たとえば3年)勤務すれば返還義務を免除する」という措置は一定期間の勤務を義務付けたものではなく、労働契約の不履行とは直接の関係はない、という次のような見解をとる裁判例も相当数見られます。

被告は原告に対し、労働契約とは別に留学費用返還債務を負っており、ただ、一定期間原告に勤務すれば右債務を免除されるが特別な理由なく早期退職する場合には留学費用を返還しなければならないという特約が付いているにすぎないから、留学費用返還債務は労働契約の不履行によって生じるものではなく、労基法16条が禁止する違約金の定め、損害賠償額の予定には該当せず、同条に違反しないというべきである。(長谷工コーポレーション事件 平成9.5.26 東京地裁判決)

すなわち、一定期間勤務の場合の返還義務の免除は、絶対に一定期間勤務しなければならないとして退職の制限をするものではなくて、返還義務に免除の特約が付いているにすぎないという見解です。

もちろん、同様の事件で、労働基準法第16条に違反するとして使用者側が敗訴した事件もありますが、それは「一定期間の勤務を義務付ける」という色合いの強い事件であって、一定期間の勤務にこだわらないケースは、労働基準法第16条に違反せず、期間内は返還義務が存在するという見解に基づく裁判例も多く存在します。

タクシー運転者に対する第二種免許取得費用の返還請求に関する裁判例

タクシー運転者に対する第二種免許取得費用の返還請求については、次のような裁判例があります。

①タクシー運転者に対する第2種自動車運転免許取得費用の返還請求が認められた例

(コンドル馬込交通事件 平成20.6.4 東京地裁判決)

〔事件の概要〕

控訴人(被告)は、タクシー運転に必要な第2種運転免許を持っていなかったが、被控訴人会社への入社に際し、「2種免許取得のための受講費を貴社の従業員として就業することを条件に、借用することを承諾します。返済については貴社養成乗務員規程の免責事項によるものとし、満期を待たず、やむを得ず退職する際には、受講費全額を返済することを誓約いたします。」との誓約書を差し入れ、会社は、研修費用20万円弱を立替払いした。

控訴人は、平成17年4月26日頃入社し、同年6月7日頃退職したが、その間の稼働状況は次のとおりである。

4月29日~5月7日 2種免許取得のための研修(費用約20万円)
5月16日~18日 東京タクシーセンター研修
5月19日 事故対策センター研修
5月20日、21日、23~28日、30日、31日、6月3日、4日、6日 勤務

被控訴人会社は、研修費用約20万円の返還を求めた。

〔判決要旨〕
控訴人は、本件雇用契約の締結に際し、本件誓約書及び養成乗務員取扱規則に署名押印して、被控訴人との間で、研修費用返還条項を前提として、本来控訴人が負担すべき費用を被控訴人が立替払することで、交通センターでの研修を受けることを合意したものと認めるのが相当である。

ところで、第2種免許の取得は被控訴人の業務に従事する上で不可欠な資格であり、その取得のための研修は被控訴人の業務と具体的関連性を有するものではある。

しかしながら、第2種免許は控訴人個人に付与されるものであって、被控訴人のようなタクシー業者に在籍していなければ取得できないものではないし、取得後は被控訴人を退職しても利用できるという個人的利益がある(現に控訴人はこの資格を利用して転職している)ことからすると、免許の取得費用は、本来的には免許取得希望者個人が負担すべきものである。

そして、研修費用返還条項によって返還すべき費用も20万円に満たない金額であったことからすると、費用支払いを免責されるための就労期間が2年であったことが、労働者であるタクシー乗務員の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものであるとはいい難い。

したがって、研修費用返還条項は、本件雇用契約の継続を強要するための違約金を定めたものとはいえないと解するのが相当である。

②返済義務免除期間前の退職者に対し自動車教習所授業料の返還が命ぜられた例

(東亜交通事件 平成22.4.22 大阪高裁判決)

〔事案の概要〕
控訴人A、Bは、自動車運転のための普通免許は有していたが、タクシー運転に必要な第2種免許は有していなかった。
控訴人らは、ほぼ同時期である平成16年1月に被控訴人会社でそれぞれ求人面接を受けた。被控訴人会社は、乗務員募集要項を示して、待遇について説明した。
要項には、①免許取得の費用について、授業料、受験料等は会社が立て替えること、②教習費として日額1万円を支給すること、③就職支度金として20万円を4回分割で支給すること、④自動車学校入校時までに金銭消費貸借契約を締結し、2種免許取得に要した教習費等(教習費、就職支度金、教習所授業料、交通費等合計約50万円)は、タクシー乗務員として800日の乗務日数を満たしたときは返済義務を免除すること等が記載されていた。
控訴人らは入社を希望し、入社申込書、労働契約書、金銭消費貸借契約書、誓約書を提出した。
金銭消費貸借契約書には、大要次のような条項が記載されていた。

1 甲は、乙に対し、次条以下の約定で金¥500,000円也を貸渡し、乙はこれを受領した。
2 乙は上記借受金の返済については、別紙誓約に基づき実働800乗務完了するを以て、返済の義務を免除する。
3 乙は次の場合、甲の催告を要せず返済免除の利益を失い記入金額を即時返済するものとする。
イ 定められた乗務数を完了することなく、退職、又は罷免された場合
(以下略)

控訴人Aは実乗務日数784日の時点で、控訴人Bは実乗務日数363日の時点で退職した。 被控訴人会社は教習費等の返還を求め、控訴人Bはこれに応じて約48万円を支払ったが、その後Aとともに、虚偽の募集広告、労働基準法16条違反、違法な労働契約を理由とする慰藉料(Aは約180万円、Bは約130万円)の支払い、Bについては支払った約48万円の返還を求めて提訴した。

被控訴人会社は、Aに対して教習費等(約53万円)の返還を求めて反訴を提起した。

〔判決要旨〕
(教習費等の賃金性について)
金銭消費貸借契約書には、50万円との記載はあるが、その内訳の記載はなく、かつ、この段階では教習費等は支給や立替払いもされていないことが認められる。
そして、「教習期間中1万円支給」「支度金20万円」との記載は、教習費や就職支度金が賃金であるとの誤解を招きかねないものであり、一方被控訴人は控訴人らに対し、社内教習(この時点では控訴人らは被控訴人の指揮監督下にあったものと認めるのが相当である。)のときまでに、実際の労働条件が上記の記載とは異なることを明確に説明していないというべきであるから、被控訴人は労基法15条1項に規定する労働条件明示義務を尽くしていないといわざるをえない。加えて、教習費及び就職支度金については、給与支給明細書上手当欄に記載され、必然的に諸々の控除の対象となっている。
以上によれば、教習費及び就職支度金については、賃金的性格を有するもので、被控訴人は控訴人らにそのように表示してきたものであり、就職後4か月以上も経過した後に徴求した本件明細書の記載をもって、これが貸付金であると主張することは、信義則上も許されないというほかない。
一方、自動車教習所の授業料及び交通費については、自動車教習所の教習を受けることは控訴人らの自由意思に委ねられ、被控訴人の指揮監督下にもないから業務とはいえず、また、2種免許の取得は控訴人らに固有の資格として、控訴人らに利益となることであるから、本来控訴人らが負担すべき費用であって、元々賃金的性格を有するとはいえない。したがって、これらの費用については、被控訴人が消費貸借の対象とすることも許されるというべきである。
(労基法16条違反の主張について)
控訴人らは、800日乗務日数の完了を返還免除の条件とする教習費等の返還合意は、労基法16条に違反し無効であると主張する。
しかし、自動車教習所の授業料及び交通費を金銭消費貸借の目的とすることは許されるもので、その返還合意は控訴人らに不利益を及ぼすものではないから、控訴人らの上記主張は採用できない。

判決は、控訴人ら(労働者)の慰謝料請求は棄却し、被控訴人(会社)からの教習費等の返還請求については、教習費等のうち授業料及び交通費についてのみ請求を認めました。

会社からの返還請求が、免許取得費用より広すぎ、賃金的性格のものまで返せといっている部分は、退けられたということです。
結果として、控訴人Aは、会社に授業料約21万円余を返還するよう命じられ、会社は、控訴人Bから返還を受けた約48万円のうち31万円を控訴人Bに返還するよう命じられたことになります。

前回紹介した判決も含め、2つの事件とも、タクシー運転に必要な第2種運転免許は他社においても通用するものでありそもそも自らが取得すべきものであること、契約内容が明確であること等から、一定期間勤務した場合は免許取得費用の返還義務を免除する金銭消費貸借契約であるとして、期間内の退職者に対する使用者からの返還請求を認めています。
ただ2つの事件を比べると、前者の事件は労働者が1月半程度で退職していることからすれば、会社の労働者に対する返還請求も当然という気がしますが、後者の事件は、返還義務免除のための乗務日数が800日となっており、1人は3年近く勤務し、784日乗務日数というほぼ免除日数を満たす寸前で退職しています。それにもかかわらず、授業料全額の返還を命じているのは、少々労働者に苛酷ではないかとおもわれます(労働者ももう少し我慢して勤務すればという気がします。)。
裁判例も多い留学費用と違い、貸与額はさほどの額ではないのですから、返還義務免除までの期間は短くてしかるべきでしょうし、また、勤務期間に比例した返還のさせ方もあるのではないでしょうか。

 著者プロフィール

中川恒彦

昭和43年(1968年)、労働基準監督官、以降、労働省労働基準局監督課中央労働基準監察監督官、同賃金課主任中央賃金指導官、静岡労働基準局次長、滋賀労働基準局長などを歴任し、平成10年(1998年)6月退職。

その後も、主に労働法制を中心とした労働問題の第一人者として活躍。

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