株式会社プライムコンサルタント

前月払い過ぎた賃金を今月分の賃金から控除できるか

Q

前月、4日間欠勤した労働者がいたのですが、給与担当者のミスにより、欠勤分をカットしないまま賃金を支払ってしまいました。そこで、今月分の賃金支払の際、その分をカットして支払おうと思うのですが、問題ないでしょうか。

払い過ぎた賃金の返還を求めることは問題ないと思いますが、今月分の賃金は今月分として全額支払の義務があり、前月分の過払分を今月分の賃金から差し引くことは、賃金控除協定で定めていない限りできないのではないかという意見があり、迷っています。

法的には、どう考えるべきでしょうか。

A

前月過払分を翌月の賃金から控除する程度のものであれば、一般的には、労働基準法の「全額払いの原則」に反するものではありませんが、金額的に多額でないことや控除することの事前予告等の配慮が必要です。

なお、労働基準法第24条第1項に基づく賃金の一部控除に関する労使協定において、控除対象項目として「過払賃金」が列挙されている場合には、その協定に基づき控除することができます。

解説

あまり難しく考えることはなく、前月払い過ぎた分を翌月分の賃金から差し引いても構わないではないかという考え方も常識的なものといえます。2カ月トータルで考えれば、支払われるべき賃金が支払われたことになるのであり、もしこれが差し引けないとなると、使用者は賃金支払とは別に労働者に払い過ぎた賃金の返還を求めたり、労働組合または過半数代表者と賃金控除協定の締結、改正の手続を相談したりする必要が生じ、事務的に煩雑になるなど、必要以上に労働者に有利な事態が生じてしまいます。

そうはいっても、労働基準法は、第24条第1項で「賃金は、その全額を支払わなければならない」と規定して、何らかの名目で賃金から差し引いたり、相殺して支払ってはならない旨を定めています。差し引いてもいい場合としては、同項ただし書で、

  1. 税、社会保険料等の公的徴収金の控除
  2. 労働組合、過半数代表者との協定に基づく労働組合費、会社製品購入代等の控除

を挙げています。

ということは、この2つの場合を除いて、賃金からの控除は許されず、全額を支払わなければならないということです。

たとえば2月分の賃金を支払う場合、その2月分の賃金に「全額払いの原則」が適用されますから、1月分の賃金支払時に過払が生じていたとしても、上記2つの場合に該当しない限り、1月の過払分を控除することはできません。

つまり、労働基準法の規定に従えば、②の協定において「過払賃金の清算のための控除」といった項目を設けていない限り、過払賃金をその後の賃金から控除することは、「全額払いの原則」に違反することになります。

にもかかわらず、上記アンサーでは、

前月過払分を翌月の賃金から控除する程度のものであれば、一般的には、労働基準法の「全額払いの原則」に反するものではない

と答えました。

その根拠の1つは、次の通達(厚生労働省労働基準局長の通達)にあります。

過払賃金の清算に関する通達

〔過払賃金の清算〕
問 ○○会社では毎月15日に当月の賃金を前払いすることになっている(例えば7月15日に7月分の賃金を支払う)が、7月21日から25日まで5日間ストライキをした場合、8月15日の賃金支払に前月のストライキの5日分を控除して支払ってよいか。答 設問の如く前月分の過払賃金を翌月分で清算する程度は賃金それ自体の計算に関するものであるから、法第24条の違反とは認められない。(昭和23.9.14 基発第1357号)

月給制の場合、「当月分の月給を当月の25日に支払う」としている企業も結構多くあります。その場合、月給の一部については、労働がまだ完了していないうちに支払う、いわゆる先払いの状態になります。

そういった企業で25日以降に欠勤があった場合、その月の賃金は支払い済みですから、欠勤分を控除するとすれば、翌月の賃金から控除するしかありません。実際には、支払日の数日前には計算が終了している必要がありますから、おおむね20日以降の欠勤等についても同様の取扱いになると思われます。

このような場合、翌月の賃金を中心に考えてみると、翌月の賃金に対して労働基準法第24条第1項が規定する「全額払いの原則」が適用され、前月の過払いという翌月にとっては関係のない理由で賃金を控除したのでは、前述したとおり「全額払いの原則」に違反することになるのではないかという問題があります。

上記通達は、月給の一部が先払いになっているような場合について、

設問の如く前月分の過払賃金を翌月分で清算する程度は、法第24条の違反とは認められない。

としているもので、ごく常識的な結論といえます。

ただ、この通達における質問は、賃金の一部が先払いになっているケースであり、当月分支払後にストライキや欠勤があった場合には、もはや当月分からの賃金控除は不可能であり、控除するとすれば翌月分からしか控除できないケースについて聞いているものです。これに対し、回答の方は「設問の如く」という前置きはありますが、

前月分の過払賃金を翌月分で清算する程度は、違反とは認められない

と少々大まかな表現になっています。

そのようなことから、この回答については、もう少し広く解釈できるのではないかという気もします。

つまり、賃金の一部が先払いになっている場合だけでなく、当月の計算違い、チェックミス等に基づく過払い分を翌月分から控除する程度についても認められるのではないかということです。

ところで、回答には、

 賃金それ自体の計算に関するものであるから、

というフレーズがあります。

この「賃金それ自体の計算に関するものである」とはどういう意味なのでしょうか。

おそらく、「その一部が常に先払いとなるような月給制をとっているということは、支払日から次の支払日までの間における出勤状況をチェックして次の支払日に清算するという計算を連続して行っているのであって、単なる賃金計算方法である。当該月の賃金と翌月の賃金とを画然と区別しているというふうにみるべきではない。」という意味ではないかと考えられます。

おそらく、この解釈例規の意味は、

  1. 設問が、賃金の一部が先払いになっているケースについてのものであること
  2. 回答が、「賃金それ自体の計算に関するものであるから」といっていること

からすれば、賃金の一部が先払いになっており、その先払い分についての欠勤等による控除は翌月分において行うよりほかに方法はないというケースについて「違反ではない」としたものと考えるのが妥当ではないでしょうか。

前述のように、もう少し幅広く考えることも不可能ではありませんが、通達全体の表現からすれば、そのように考えるべきでしょう。

ところで、本件通達の意味が上記のとおりとすれば、先に述べた「先払い分ではなく、当月の計算違い、チェックミス等に基づく過払分を翌月分から控除することは認められないのか」という疑問が残ることになります。

もちろん、労働基準法第24条第1項ただし書は、賃金控除協定による控除を認めていることから、「先払いによる過払分、計算違い等による過払分については、翌月分賃金から控除する」旨の協定があれば、それに基づき控除が認められます。

しかし、そのような協定がなければ一切控除ができないというのもあまりにも窮屈です。

過誤等による過払分の清算は一定範囲で許容されるとされた例

賃金支払事務においては、一定期間の賃金がその期間の満了前に支払われることとされている場合には、支払日後、期間満了前に減額事由が生じたときまたは、減額事由が賃金の支払日に接着して生じたこと等によるやむを得ない減額不能または計算未了となることがあり、あるいは賃金計算における過誤、違算等により、賃金の過払いが生ずることのあることは避けがたいところであり、このような場合、これを精算ないし調整するため、後に支払わるべき賃金から控除できるとすることは、右のような賃金支払事務における実情に徴し合理的理由があるといいうるのみならず、労働者にとっても、このような控除をしても、賃金と関係のない他の債権を自動債権とする相殺の場合とは趣を異にし、実質的にみれば、本来支払わるべき賃金は、その全額の支払を受けた結果となるのである。このような事情と前記24条1項の法意とを併せ考えれば、適正な賃金の額を支払うための手段たる相殺は、同項但書によって除外される場合にあたらなくても、その行使の時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定との関係上不当と認められないものであれば、同項の禁止するところではないと解するのが相当である。この見地からすれば、許さるべき相殺は、過払のあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならないものと解される。(福島県教育委員会事件 昭和 44.12.18 最高裁判決)

そんなに分かりにくいことをいっているわけではありませんが、もう少しわかりやすく言い換えてみましょう。

賃金支払事務においては、

・ 賃金の一部が先払いになっている場合には、支払後の欠勤や賃金支払日直前の欠勤により当該月の賃金については減額不能または計算未了が生じたり、
・ 計算違い等により賃金の過払いが生じたり

することは避けがたいことである。
このような場合に、その後の賃金によって清算調整することは、賃金支払事務の実情から考えて合理的理由がある。
それのみならず、このような控除によって、本来支払わるべき賃金が支払われたことになるのである。
(確かに、先払い賃金の支払後の欠勤や、計算違い等による過払いによって労働者は賃金をもらい過ぎているのであり、過払後の早い時期において清算することは労働者が本来受け取るべき賃金が支払われた結果になるのであって、その調整が許されないというのでは労働者の不当な利益を守ることになりかねない。)
そのような清算調整は、賃金控除協定がなくても可能である。
ただし、そのような清算調整が許される条件としては、
①清算調整の時期は、過払のあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期であること
②あらかじめ労働者に清算調整を行う旨予告すること
③清算調整の額が多額にわたらないこと
など、労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないようにすることが必要である。

①の「過払のあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期」とは、必ずしも翌月に限らないという感じがしますが、この最高裁判決後の昭和46年の高裁判決において、
5月7日に生じた減額事由に基づく減額が5月21日支払の給与でできなくても、6月分の給与ではできたはずなのに、8月分で減額をしたことは、「賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期」においてなされたものとは認めがたい。(福岡県公立学校事件 昭和 46.3.31 福岡高裁判決)

とするものがあり、参考となります。

③の「清算調整の額が多額にわたらないこと」とは、清算調整によって翌月分の賃金が大幅に少なくなるようなことは避けなさいということでしょうが、通常はこのような清算調整がそう多額にわたるようなケースはあまりないでしょう。

②は、「予告」を挙げていますが、いずれにせよ、最高裁はこのよう3つの条件を満たした場合は、賃金控除協定がなくても、また、先払いのような場合に限らず、過払賃金の清算調整は可能であると、最高裁はいっているということです。

なお、労働基準法第24条第1項に基づく賃金の一部控除に関する労使協定において、控除対象項目として「過払賃金」が列挙されている場合には、その協定に基づき控除することができますから、あらかじめ協定に盛り込んでおくことも1つの方法といえます。

 著者プロフィール

中川恒彦

昭和43年(1968年)、労働基準監督官、以降、労働省労働基準局監督課中央労働基準監察監督官、同賃金課主任中央賃金指導官、静岡労働基準局次長、滋賀労働基準局長などを歴任し、平成10年(1998年)6月退職。

その後も、主に労働法制を中心とした労働問題の第一人者として活躍。

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