株式会社プライムコンサルタント

労組専従は出世コースか 上(10)「労使はこうしてトヨタをつくりあげた」

労組専従という「辞令」

労働組合に専従している役員が、一般の人からよく尋ねられる質問は、「どうして、労働組合役員になったんですか?」ではないだろうか。私も多くの人から同じ質問を受けてきた。その答えは労組ごとに少しずつ違うと思うが、産業別組合や連合に直接就職した人を除けば、ほとんどの人は、「労働組合活動をしようと思って会社に入ったわけではないが、労働組合から誘われて、その気になった」ということではないかと思う。

日本の企業別組合では、労働組合に専従しても、大抵は休職出向という形であり、数年後にはまた職場に戻る。だから、組合が、ある人間を労働組合にスカウトする場合に、会社の理解なしに本人に声かけをするということはまずない。大抵は、まず職場の了解を得た後、本人に誘いをかける。スカウトされた者も、そのような事情が分かっているから、余程のことがない限り、「労働組合でちょっとの間、勉強してみるか」というノリで、専従することになる。

私の場合もそうであった。4年程度専従するつもりで引き受けたら、組合活動が結構面白かったのと、人事の巡りあわせで産別(自動車総連)の役員をすることになり、結局、休職出向のまま、定年まで労組専従を続けることになった(公務員の場合は、法律の制約があり、6年以上専従する場合は、公務員としての籍を抜き労働組合に籍を移すか、職場復帰をするかを選択することになる)。

つまり、一部私のような例外を除けば、労組に数年専従してもいずれ職場に復帰することが当然視されているから、専従した当の本人も、会社で職場を異動するくらいの意識で労組に専従する者が大部分である。ただ、労働組合では、会社でやっていた仕事の何倍も広く大きな責任を持たされるし、企業や産業を超えた世界が広がる。面白くなって、長く専従したい人も当然出てくる。しかし、労働組合における役職は限られているから、長くやりたい人をそのまま残していくとポスト不足に陥ったり、あるいは、長期政権となって活動がマンネリ化し、運動の活力が失われる場合もある。私は、長年労働運動に携わるうち、専従が長過ぎたが故の弊害が出た例を結構たくさん見てきた。中には組合を私物化しているかのようなリーダーも居た。その弊害を防ぐためには、長くやるべき人を選別しつつ、独裁や停滞を招かないよう的確に人を交代させていく必要がある。労組人事はなかなか難しい。

労働組合役員職場復帰後の処遇

もう一つ、民間労働組合の役員に対し「労働組合へ行くと出世できるからいいですね」という妬みのような言葉がかけられることも多い。それは、言外に、日本の企業別組合が労使協調姿勢と取ることに対し、「労働組合は会社にいつも協力しているから出世させてもらえるんですね」と言いたい揶揄も含まれている。

トヨタ労組でも、職場に復帰して以降、順調に昇格していく人が多い。私の先輩となる十数名の歴代書記長経験者の多くは、トヨタや関連会社の役員になっている。しかし、それは、組合時代に会社発展に貢献したことへの論功行賞などではないと断言できる。

トヨタにおいては、それは単にその人が職場においても抜きん出て優秀であった結果に過ぎない。

4~6年の専従期間の間で、リーダーシップを発揮し、成果をあげられるような人材は、会社でも欠かせない優秀な人間である。トヨタ労組は、そのような優秀な人材を専従者に選んできたし、幸い、会社も理解を示し、専従に同意してくれた。それは、会社としても根底に、労働組合に、真に力のあるリーダーがいる方が会社にも緊張感を与え、結果として会社の経営基盤も強化されると考えていたからだと思う。そこを信頼しているからこそ、労働組合専従中、執行委員は思いきって労働運動に専念できるのである。

労働協約で約束させた地位

そうした前提はあるものの、労働組合専従を終えた者を、会社でどのように処遇するかは難しい問題で、労使によって様々な考え方がある。オーソドックスな考え方は、管理職は組合員にはなれないのであるから、長年専従した者であっても職場復帰したらせいぜい組合員の最上位の職制、例えば係長で復帰し、その後の昇格時期に徐々に、同期入社者に追いつかせていけば良い、というもので、そのようにしている組合が多い。しかし、それを忠実に守ると、組合に長く専従するほど、復帰したときの同期入社者と差が大きくなり、収入的にも不利益になる。そうなると、長く専従した者がついつい職場復帰をためらうようになる。それでは、組合内の人事の停滞、活力ダウンを招き、組合員にとっても会社にとってもマイナスとなりかねない。

トヨタにおいても、職場復帰まで視野に入れた考え方が確立するのは、梅村氏が登場する安定拡大期であった。昭和25年の大争議以降、無協約が続いた状態に区切りをつけ、梅村氏の委員長3年目(昭和49年)に労働協約が締結された。協約細則第13条7項に「専従を解かれた者の復帰後の昇格昇給は、専従前を基準とする」と謳われている。これまでも特に専従者が不利益になっていたわけではないが、慣行でしかなかった身分保障が明文化された。

ここには、「同期入社に比べて遅れを取らない」とは書かれていないが、先輩方から、これは、そういう意味だと教えられてきた。 また、同じ条文の第6項には、「復帰時には専従時の職場に復帰する原則」も書かれている。これは、当たり前のことのようであるが、労働組合で「うるさ型」で長年活躍した者ほど、送りだした職場は受け入れをためらう傾向があるから、これを許さないという原則を明記したのである。

職場復帰時の人事は、労組で頑張ってくれた役員の将来に関わるものであるし、本人のがんばりに報いる意味で人事を引き受ける書記長にとってとりわけ重要な任務になる。本人のプライド、周囲の目、職場の評価等々諸情勢をにらみながら、会社人事と孤独な闘いをする。ただ、苦労はしたが、最終的には会社はこちらの申し出を尊重してくれたように思う。会社は一人の執行委員が、執行部の中でどんな議論をし、どのような位置づけで活躍したかまではわからない。だから書記長の言い分を最大限聞いてくれたのであろう。

ここにも、トヨタの「労使宣言」で謳われた「労使相互信頼」の基本理念が生きている。すなわち、専従者人事においても、「労使は互いにその立場を理解し、共通の基盤に立ち、労使が互いに、進んで、会社、組合の発展に寄与できる解決点を見出す努力をする」というやりかたを綿々と続けてきているのである。

 

 著者プロフィール

弁護士 加藤裕治

1951年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、1975年にトヨタ自動車工業に入社し、のちにトヨタ自動車労働組合専従、自動車総連会長や連合副会長などを歴任する。
中央教育審議会委員や内閣府参与なども務め、56歳で名城大学法科大学院へ入学。
60歳で司法試験に合格し、2013年に愛知県弁護士会へ登録、弁護士へ転身する。
現在はトヨタ自動車労働組合・自動車総連顧問を務め、著書に『弁護士をめざして 56歳からの挑戦』などがある。