住宅手当の支給基準と見直しの考え方
Q
当社では、本社事務職について定額残業代制度を適用していますが、最近、景気の停滞や、在宅勤務の増加等に伴い、残業時間が減少傾向にあり、実際の残業時間が定額残業代の対象となる残業時間に満たなくなって来ています。そこで、
① 社員の実際の残業時間が定額残業代の対象となる残業時間に満たない場合は法定額を支払う。
② 定額残業代の対象となる残業時間を実際の残業時間に合わせて見直す。といった対策を考えています。このようなことは可能でしょうか。
場合によっては、定額残業代制度を廃止することも考えていますが、その場合は、どのようなことに注意すべきでしょうか。
A
①実際の残業時間が定額残業代の対象となる残業時間に満たないときの減額
定額残業代制度は、「実際の残業時間が定額残業代が想定している時間に満たなくても定額残業代を支払う」というものですから、残業時間に合わせて減額したのでは定額残業代制度ではなくなってしまいます。
②定額残業代の対象となる残業時間の引き下げ
「定額残業代の対象となる残業時間を実際の残業時間に合わせて見直す」ということは、結局、これまで支払っていた賃金を減額するということですから、「労働条件の不利益変更」に該当し、変更内容に合理性が認められない限り、労働者の合意なく変更することことはできません。
③定額残業代制度の廃止
定額残業代制度の廃止は、多くの場合、「労働条件の不利益変更」に該当すると思われますから、単に廃止するのでなく、労働者への丁寧な説明、代償措置の提供等の措置を講ずる必要があります。
「定額残業代制度」とは、時間外労働割増賃金(休日労働割増賃金等を含むこともあります)を、時間外労働時間に応じて支払うのでなく、一定額で支払うという制度です(もっとも、法的に定義があるわけではありません)。
すなわち、ある労働者のある月の時間外労働時間が10時間であったときは10時間分の割増賃金を、15時間であったときは15時間分の割増賃金を、20時間であったときは20時間分の割増賃金を支払うというように、時間外労働時間の長さに応じて支払うのではなく、たとえば、定額残業代を月5万円と定め、その労働者のある月の時間外労働が10時間であっても、20時間であっても、割増賃金として5万円を支払うという制度です。
ただし、「定額残業代」を5万円と定めている場合、労働基準法が定める計算方法に従った割増賃金額が5万円を上回るときは、労働基準法に従った割増賃金額に達するまでの差額を支払わなければなりません。残業代の定額打切りという制度は採用できません。
労働基準法第37条は、労働者が法定の労働時間を超えて行った時間外労働等の長さに応じて割増賃金を支払うことを罰則をもって義務づけているからです。
「定額残業代」の実例を考えてみると、例えば、「定額残業代」を「月額5万円」とした場合、その月の時間外労働に対し法律上支払うべき割増賃金が5万円を下回るときでも定額残業手当である5万円を支払い、時間外労働が長くなり、法律上支払うべき割増賃金が7万円になったときは、「定額残業代」5万円では足りませんから、これに加えて法定割増賃金額に達するまでの額すなわち2万円を追加して支払うということになります。
| 実際の労働時間に対し法律上支払うべき割増賃金が定額残業代を上回ったとき
↓ 法律上支払うべき割増賃金額に達するまでの差額の支払い義務あり |
| 時間外労働時間が少なく法律上の割増賃金が定額残業代に満たないとき
↓ 残業代を月額で支払うことを約束していることからその定額の支払義務あり |
定額残業代制度を採用しても、割増賃金の節約にはならず、逆に、時間外労働等が少なかったときにも、定額残業代を支払うことになりますから、結果的に、割増賃金を法定額よりも多く支払う制度であるということになります。
すなわち、「定額残業代制度」とは、残業手当について法定額を上回る支払いを保障する制度であるといえます。
定額残業代制度は、事業者にとってメリットのある制度とは思えませんが、それにもかかわらず、なぜ定額残業代制度を採用する事業者が存在するのでしょうか。

昭和62年の労働基準法改正により、労働基準法に第38条の2が追加されるまでは、労働基準法施行規則には、次のような規定がありました。
| 第22条 労働者が出張、記事の取材その他事業場外で労働時間の全部又は一部を労働する場合で、労働時間を算定し難い場合には、通常の労働時間労働したものとみなす。 |
「出張」は常時のことではありませんが、当時「記事の取材その他事業場外での労働」に該当する代表的な職業として各種「セールスマン(営業社員)」がいました(今もいますが)。
彼らは、「事業場外で労働し、労働時間を算定し難い」のが通常ですから、上記第22条に基づき「通常の労働時間労働したもの」とみなされ、仮に時間外労働があっても割増賃金は支払われないという取扱いが一般的でした。
このような状況について、営業社員は、他の社員に比べて靴代がかさむとか、顧客の都合との関係で夜間に訪問しなければならないこともあって、月に10時間とか20時間ぐらいの時間外労働は行っているのではないかという点に配慮し、「営業手当」といった名目で一定額を支払う企業も存在しました。
そのような中、労働基準法改正により、昭和62年に労働基準法に第38条の2が設けられ、
| 労働者が事業場外で労働する場合で労働時間を算定し難いときは所定労働時間労働したものとみなすが、当該労働者が所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には、その必要な時間労働したものとみなす (要旨) |
こととされました。
それまで「通常の労働時間労働したものとみなす」として突き放されていた事業場外労働者にも割増賃金を支払うべき場合があることが認められたわけです。
そこで、事業者側は、これまで支払っていた「営業手当」は、事業場外労働者の時間外労働に対する割増賃金に該当するものであるという「定額残業代」としての説明をすることになったものと思われます(それはそれで、事業者側の対応も理解できるという気がします)。
そのような当時の経過をうかがわせる裁判例として次のようなものがあります。
〔関西ソニー販売事件 昭和 63.10.26 大阪地裁判決〕
| 労働基準法37条は時間外労働等に対し一定額以上の割増賃金の支払いを使用者に命じているところ、同条所定の額以上の割増賃金の支払いがなされるかぎりその趣旨は満たされ同条所定の計算方法を用いることまでは要しないので、その支払い額が法所定の計算方法による割増賃金額を上回る以上、割増賃金として一定額を支払うことも許されるが、現実の労働時間によって計算した割増賃金額が右一定額を上回っている場合には、労働者は使用者に対してその差額の支払いを請求することができる。 |
この判決がいっていることは、
| 労働基準法は割増賃金の計算方法を定めているが、その計算式どおりに計算しなければならないのではなく、労働基準法による計算額以上の金額が支払われればそれでよいから、割増賃金の定額払いは許される。しかし、労働基準法による計算額がその一定額を上回っているときは、使用者はその足りない分を支払わなければならない。 |
ということですが、関西ソニーが販売員に対しセールス手当という名称で支払っていた手当を割増賃金の支払い形態の1つと認めたものといえます。
この判決は、定額残業代制度に関する初期の判決ですが、極めて有力な通説といえるものです。
ところで、私は、前記1の最終部分で、
| 定額残業代制度は、事業者にとってメリットのある制度とは思えません |
と記していますが、この「関西ソニー販売事件」を収録した「労働判例(産労総合研究所発行」の解説(530号40頁)でも、
| 時間外労働手当の定額払いも、その旨が客観的に明らかであり、かつ、労働者に明示されている場合で、打切り制(現実にどれだけ時間外労働に従事しても定額以上支払わないこと)でない限りは、適法なものというべきであろう(もっとも、そのような定額支払い制が会社にとってどれ程のメリットがあるか、したがって、現実にどの程度存在するものかは疑問だが)。 |
として、事業者側のメリットを疑問視しています。
なお、この事件におけるセールス手当は基本給の17パーセントに相当するとなっていますが、仮に基本給が25万円であるとするとセールス手当(すなわち定額残業代)は、
25万円×0.17=42,500円になります。
私は、これが(この程度の金額、割合が)標準的な水準であろうと考えています。その内容は事業者にとってたいしたメリットのあるものではありません。
ただ、このセールス手当の例のように、時間外割増賃金を支払わなくてよいとされていた労働者に対する一種の救済策のようなものは、それなりのメリットがあったのかもしれません。
類似のことは、時間外割増賃金の支払義務の有無が微妙な立場にある課長等の管理職者が相当な時間外労働があるにもかかわらず、何らかの配慮をしないのもいかがかという観点から、一定額の割増賃金相当部分を含んだ管理職手当という措置も存在したと思います。
そのようなケースは、これを肯定的に見ることは可能です。
ところが、その後10年程度経過するうちに、定額残業代制度の中には、私のような者には思いもつかないような突然変異的な変貌を遂げる亜種が現れ、大きく様変わりしていきます。
それに伴い、定額残業代に関する裁判例が急増していきます。当然、事業者からではなく、労働者から定額残業代制度に対する疑問とともに正当な割増賃金の支払を求める裁判例です。
質問内容に早く答えるべきかもしれません。しかし、定額残業代制度の本質を理解しなければ、回答を誤解されるおそれがあると危惧しています。

著者プロフィール
昭和43年(1968年)、労働基準監督官、以降、労働省労働基準局監督課中央労働基準監察監督官、同賃金課主任中央賃金指導官、静岡労働基準局次長、滋賀労働基準局長などを歴任し、平成10年(1998年)6月退職。
その後も、主に労働法制を中心とした労働問題の第一人者として活躍。