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株式会社狭山金型製作所様☆社員の成長支援で業績も向上。ものづくりは人づくりからー2ー

【人と組織の元気を探る「教えて!御社の工夫」】(連載第8回)

 

(2018年3月)

 前回は、狭山金型製作所の歴史を振り返りながら、サブミクロンレベルでの超精密・ 微細金型づくりに特化することで同業他社との差別化に成功したそのわけを、社長に 直接語っていただきました。
 今回は、同社がリーマンショックや東日本大震災などの影響で年商が半減したときの 苦労を振り返ります。社長が語る「売り上げが半分になって初めてわかったこと」や 技能だけでなく職業人として最低限身に着けおくべき「社会人基礎力」、 「新3Kコンセプト」など、危機を乗り越え成長を続ける同社の人材マネジメント観に ぜひ触れてみてください。(編集部)

●年商2億円ダウンよりも大きかった「人の問題」

 「儲からないけど、腕で勝負。他が真似できない、参入障壁の高い技術で勝負です」
 こうして差別化をはかった狭山金型製作所は、ほかの金型工場が中国に仕事を奪われるなか、「狭山金型」ブランドを確立し、順調に成長していきました。90年代から2000年代にかけて、売上はずっと右肩あがり。しかし、リーマンショックという荒波を前に、ついに停滞を余儀なくされました。

 2010年にはリーマンショック前の売上水準に回復したものの、直後に見舞われた東日本大震災が決定打となりました。震災後、政府が計画停電を発表した途端、そのときメインの仕事のエンドユーザーが海外企業であったため、ある一つの仕事を引き上げられてしまったのです。
 結果、それまで約4億円あった年商は約2億円にまでダウン。「月の売上が2000万円も減ってしまった。一体どうしたら、ですよね(笑)」。これを戻すのは容易ではありませんでした。1つの大きな仕事に頼ろうとすると二の舞を演じる恐れがある。「2000万円の仕事を狙うのではなく、200万円の仕事を10個」。そんな堅実策を大場社長は定めます。

 そして停滞しているこの間、大場社長は、業績低迷とは別のある問題を発見しています。「会社の成長は、社内の問題を覆い隠すもの。売上が半分になって初めてわかったことがたくさんありました」。例えばそれは、若手人材が定着しないこと。業績が伸びている時期は新卒をどんどん採用し、上司がその教育にあたっていました。
 「でも仕事がなくなった頃、肝心の上司の教育をしていなかったことに気がついたんですね。すごく優秀な若手が入ってきても定着しない。彼らははっきり言いませんでしたが、よくよく考えると『この上司とは一緒に長く働けない』という気持ちがあったようです」

 たしかに様々な調査を見ても、上司との人間関係は、新卒社員の離職理由の上位にランクされています。技能は超一流の上司でも、「教える」ことにかけては一流とは言えなかった、ということなのでしょうか。
 「社会人としての基礎力が圧倒的に足りないと思いました。いくら腕が良くても、徒弟制度が当たり前だった江戸時代とは違いますから、ちゃんと言葉で説明できなければいけません。それから、会社の規則も守らないといけない。規則も守れない上司のもとでは、若手も働きたいとは思わないでしょう。町工場ってどこもこんなものなのかもしれませんが、若手が定着しないのも、ここに理由があるのだろうなと」

 会社を長年支えてきたベテラン職人たちも、いつかは現場を去っていきます。今のうちに若手を育てることができなければ、狭山金型製作所が誇る技術も失われていくばかり。大場社長には、そんな危機感がありました。
 「そもそも若い人は町工場なんかで働くイメージを持っていないわけです。『キツイ、汚い、危険』の3K職場ですから。それを『きれい、かっこいい、感動』の3Kというコンセプトを持った工場を建て、2004年からは毎年新卒採用を行っていたんです。でも震災を機にうちの悪いところがぜんぶ露呈した。いや、露呈してくれて良かったのかもしれません。もっと会社が大きくなってから露呈していたら、取り返しがつかないことになっていたでしょうね」

●社員と一緒になって制度を作り上げる試み

 きっと復活できると思っていた。大場社長はそう言いますが、道のりは平坦なものではありませんでした。「銀行融資のリスケとリストラはしない」と一度は宣言したものの、震災から3年後にはそれも撤回せざるを得ない状況に追い込まれています。
 「10人ほどの社員にはやめてもらうしかありませんでした。会社の理念に共感できない人、それに残念ながら工作機械が直接使えない人と定年前後の人です。それでも残ってくれた社員たちと、もう一回、頑張ることにしたわけです」


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 事業面においては少なからず勝算がありました。というのも、顧客は1社も離れることなく受注が続いていたからです。「微細精密に特化した」金型工場として培ってきた技術力とブランド力は、変わらず高い評価を受けていました。
 「ただし既存顧客との付き合い方は見直しています。例えば、当時売上の6〜7割の売上を占めていた古くからのお客さんが1社あるのですが、よく見ると利益が出ていなかった。私は新規営業に回っていたので、昔からのお客さんをちゃんとチェックしていなかったんですね。
 そこで仕事一つ一つの損益を見極め、財務面もしっかり管理したい。経営計画から進捗確認まで見てもらおうと、会計事務所を変えたりもしました。」

 では「若手が辞める」「上司の教育」といった問題には、どのような手を打ったのでしょう。実は、狭山金型製作所には、以前から「大手企業と同じような、体裁は立派な」人事制度や評価基準が用意されていました。しかし、それが十分に生かされることはなく、言葉も難解で、社員が共有できるものではなかったといいます。
 では、また新たなに人事制度を作り変えたのでしょうか。「いえ、トップダウンで制度を作るだけでは、また同じことになると思いました。人事制度や評価基準を根本から変えるには、それを作るところから社員たちと一緒にやりたいと考えたんです」

 大場社長が続けます。

 「中小企業って、大企業に比べても人の質が悪いわけではありません。でも教育の仕方は教わっていないし、仕事とは何かと考えたこともないかもしれない。そういう基本のところから共有していきたいんですね。
 例えば、僕は前から評価制度という言葉が嫌いだから『成長支援制度』にしようといった話をした。なぜなら評価には基準が必要で、100点満点で80点だとしたら20点マイナスだ、という話になります。でも僕は100点満点というのはないんだと考えたいんです。Aくんが今ある機械を使えないとしても、でもそれができるようになったらプラスだよと話ができたら、Aくんも今何をやるべきかわかる。そういうコミュニケーションがしたいんですよ。『ここがダメだ』で終わらせずに」

 そんな思いから、2015年からスタートしたのが、各種の研修会です。「変わるべきは制度よりも、それを運用する人間である」。その実践のようすは、次回詳しくご紹介します。

(次回へ続く)


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