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第25回 賃金コンサルタントとしての歩みと私たちの基本スタンス

【強い組織を作る!人材活用・評価・報酬の勘どころ】

 

(2014年4月)

 皆さんこんにちは。プライムコンサルタント代表の菊谷寛之です。
 おかげさまで当社は今年の11月に15周年を迎えます。
 賃金コンサルタントとしてのキャリアを通算すると、4半世紀以上が経ちました。
 この機会に、私のこれまでの賃金コンサルタントとしての歩みを振り返り、クライアントの皆さんとともに、何を探求しようとしてきたのかをまとめてみたいと思います。
 私たちのコンサルティングに対する基本スタンスを、4回の連載から読み取っていただければ幸いです。

  

1. 賃金・評価制度のコンサルタントとしての歩みを振り返る

 

(1)弥富先生との出会い

 私が賃金コンサルタントになったのは、賃金管理研究所の初代所長・故弥富賢之氏の『合理的賃金の決め方』(ダイヤモンド社)という書物との出会いがきっかけでした。
 もともと私は人事労務管理の専門誌『労政時報』(当時・財団法人労務行政研究所、現・株式会社労務行政)の編集部員として毎年の賃上げや初任給、賞与、モデル賃金などの調査をしながら、大企業の人事処遇制度の事例紹介を行っていました。

 当時、大手企業ではいわゆる職能給体系が浸透していました。
 特に楠田丘氏(日本賃金研究センター)の方式が有名で、年齢給をベースに職能資格制度に基づく職能給と役職に基づく役付手当を加算していく「並存型」の賃金体系が多くの企業に導入されていました。

 1986年には男女雇用機会均等法もスタートして、総合職・一般職に資格を区分するコース別人事制度がブームになりました。
 私も数多く企業事例を取材・紹介しましたが、実態は男女別の賃金カーブが基本で、なんとなくしっくりしない感じがしていたことを記憶しています。

 そんなある日、編集部の資料棚の中に赤茶けた『合理的賃金の決め方』を見つけ、読んでみて、たちまちその完成度の高いロジックの素晴らしさに引き込まれたのです。

 簡単に紹介すると、組織の中の役職や職位の高さに応じて、6段階ないし5段階の等級に社員を分類します。
 職能給は能力評価で人を昇格させる能力等級を使うのに対して、こちらは仕事の内容で等級を決める職務等級を使います。
 賃金体系は「○等級○号=○円」というように本給額を決める「号俸制」の賃金表を用意します。
 学卒初任給からスタートして、毎年の成績評価(5段階でB評価が標準)に応じて、S評価は6号、A評価は5号、B評価は4号、C評価は3号、D評価は2号という「定期昇給制度」で号俸をプラスしていきます。
 ただし、そのままのペースで昇給を積み上げると年功賃金色が強くなってしまうので、例えばⅠ等級は29歳になったら定期昇給の号数を1号減らし、37歳になったら2号減らし・・・というように年齢に応じて昇給号数を減らしていく「調整年齢」という方式を使っていました。

 これ以上の詳しい説明は省きますが、そこではアメリカの職務給の理論を応用した等級制度を基本に、シンプルな能力主義の定期昇給制度を合理的に組み合わせ、日本の長期雇用慣行に合った分かりやすい賃金体系を提唱されていました。

 年齢給と職能給を合算していくら、などという面倒な理屈は不要で、賃金表一枚で基本給がズバリ決まり、昇給原資の計算も非常に簡単です。
 何年後には賃金がいくらになるかというモデル昇給カーブも正確に描くことができ、私はその明快な論旨展開にすっかり魅了されました。

 弥富先生は、もと人事院で国家公務員の俸給表の仕組みを研究されていた東大卒のキャリア官僚です。
 その合理的な手法が本田宗一郎氏と藤沢武雄氏の目にとまり、スカウトされて本田技研の賃金制度の基礎を作りました。
 ホンダが急成長し、その手法が有名になって、賃金コンサルタントになられたという異色の経歴です。

 ちょうど弥富先生のほうでも若手のコンサルタントの卵を探されており、私は是非話を聞きたいと研究所に押しかけました。
 そして、その英明なお人柄に接しているうちに、いつしか駆け出しの賃金コンサルタントになっていたという訳です。

 当時、中小企業では弥富式の賃金体系が広く浸透し、仕事は大忙しでした。
 若さの勢いで全国を走り回り、年に20社以上の賃金制度導入をお手伝いするという無茶な時期もありました。
 厚生労働省の賃金構造基本統計調査を分析し、『都道府県別モデル本給表』を開発したのもその頃です。
 これは今も『都道府県版・等級別賃金表』として弊社で出版し続けています。

 また、私の処女作は『小さな会社の給料とボーナスの決め方』(1995年、中経出版)という本ですが、当時は、中小企業向けの分かりやすい賃金の解説書がなかったようで、この出版が機縁となって厚生労働省「中小企業賃金制度モデル等作成委員会委員」を委嘱され、賃金表のつくり方や諸手当の決め方などの賃金テキストをまとめたりしました。

(2)自身の手法を確立する

 しかし、バブルが崩壊、不況が深刻になって、経営者の間から、「定期昇給を積み上げる方式では、中小企業は体力的にやっていけない」「高くなりすぎた賃金を修正したい」という声が上がるようになりました。

 大いに悩んだ末に、私のたどり着いた結論は次のようなことでした。

  ・少子高齢化とデフレ、雇用の流動化、非正規雇用の増大で、日本の年功賃金は徐々に解体・崩壊する。(これは、まったく予想通りでした。)
・これからの賃金・評価制度は、人基準の能力主義ではなく、仕事基準の実力主義になる。(これは半分その通りでしたが、半分は予想外れでした。現状は、人基準と仕事基準とを程よく調和させる混合型の賃金・評価制度が主流になっています。)
・賃金(基本給)は働く人の生計費をカバーすることはもちろんだが、基本的にはその人に求める役割責任の高さと実際の貢献度の評価によって決定すべきもの。(この等級の考え方を私は「責任等級」と名付けました。)
・同じ役割責任で評価が同じでも、賃金の高さによって昇給幅は違う。
 賃金の低い人は大きく昇給しても、賃金が高くなるに従い昇給は徐々に抑制するのが自然である。(調整年齢による昇給の抑制ではなく、賃金表にゾーンを設け、賃金の高さによって昇給を抑制する「ゾーン型賃金表」と「段階接近法®」という方式を考案しました。)
・評価に見合う賃金の高さになったら、(ベースアップ分は別として)昇給は停止して構わないし、賃金の高さに見合う貢献度が認められない場合は、マイナス昇給もあり得る。
 そうしないと、厳しいデフレで限られる総額人件費を若手や優秀人材に配分できない。(2000年以降、昨年まで、毎年の春闘は「ベア・ゼロ」が続きました。)
・一般的な勤務成績の判定や相対評価のロジックによる賃金査定だけでは説明力が乏しく、社員のヤル気につながらない。
 これからは、事業の戦略やビジョンと評価を連動させ、目標や仕事を基準とする業績評価と行動評価を取り入れるべきである。(この方式を「成果目標管理プログラム」という資料にまとめました。)
・目標設定やフィードバックの時は評価者が部下と面談し、社員の目標達成意欲や経営参画意識を高め、育成につなげることで組織が活性化する。

 私はこの考え方を広く世に問うてみたいと考えたものの、当然のことですが、当時はなお弥富式を信奉するクライアントも非常に多く、研究所の中での活動にはどうしても限界がありました。

 そこで思い切って弥富先生のお許しをいただいて独立することにしました。1999年秋のことです。
 温かく理解していただいた先生や応援してくれた同僚のコンサルタントの皆さんには、いまでも深く感謝しています。

 私は、開発した賃金ロジックと業績評価の手法を『給料を「責任等級制」で正しく決める本』(2000年、中経出版)という本にまとめ、セミナーや執筆活動を開始しました。
 幸い数多くの中堅・中小企業の賛同を得て、またもや仕事は大忙しとなりました。
(次回に続く)

本連載は、下記の当社コンサルタントが順次、執筆いたします。
菊谷寛之(代表)
渡辺俊(中小企業診断士)
田中博志(中小企業診断士)
津留慶幸(社会保険労務士)

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