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民法の時効制度の改正により賃金等の時効はどうなるか 4(連載第165回)

【中川恒彦の人事労務相談コーナー】

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(2018年4月)

 前回は、改正民法の時効に関する条文の改正に触れました。
 今回は、2020年4月1日の改正前に生じた賃金請求権の時効に対する経過措置や、 改正が及ぼす企業への実務的影響について解説します。また、現在厚労省で開催 されている「賃金請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」で表明された意見を 交えながら、改正を巡る今後の動向もお伝えしますので、ぜひご確認ください。(ホームページ編集部)

Q 民法の時効制度が改正されるようですが、賃金等の時効にはどのような影響があるのでしょうか。
 また、時効は、中断することによって延長することができるとのことですが、どうすれば中断できるのでしょうか。

A 現行民法上、債権の時効は10年とされていますが、月給、日給等賃金にかかる債権の時効については1年という短期消滅時効が適用されています。昨年6月に公布され、2020年4月に施行される改正民法では、短期消滅時効が廃止され、債権の時効は、債権者がその権利を行使することができることを知ったときから5年、(知らない場合には)権利を行使できるときから10年となります。
 賃金等労働基準法に基づく労働者の請求権については、現在、2年(退職金は5年)の時効とされていますが、民法改正との関係でこれをどうするかについては、厚生労働省において検討中です。

〔解説〕

 今回は、最終回として、改正民法における経過措置、民法改正に伴い労働基準法上の時効が延長された場合の企業への影響、労働基準法上の時効に関する厚生労働省の今後の方針について説明します。

3 経過措置

 2020年4月1日から改正民法が施行された場合、2020年3月25日が所定支払日である3月分賃金についての時効はどうなるのかという問題ですが、改正民法の附則第10条第4項では、次のように規定しています。

 施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。

 つまり、改正民法が施行される前に生じた請求権の時効は、改正前の制度を適用するということです。
 したがって、2020年3月25日が支払日である賃金については、改正民法は適用されず、従来の時効制度が適用されます。
 今後行われるであろう労働基準法の時効に関する改正においても、同様の取扱いになることが予想されます。

Ⅲ 賃金請求権の時効期間が延長された場合の企業への影響

 改正民法が短期消滅時効の制度を廃止し、

・知ったときから5年
・行使可能なときから10年

という時効制度を施行した場合、賃金等労働基準法上の請求権の時効はどうなるのでしょうか。
 前回のⅡでもちょっと触れたとおり、まず改正民法に合わせるということが考えられます。
 ただ、そうなった場合、次のような影響が考えられます。

1 遡及支払額の増大

 従来は、退職金は別として「時効2年」ですから、使用者は、割増賃金を請求されても最大2年分の支払いで済みました。
 しかし、今後は、5年分の支払いが必要となります。
 金額的には、従来と比べて使用者にとって相当な負担となります。
 裁判による支払命令のみならず、労基署からの支払い勧告の対象期間も法律に合わせて長くなる可能性もあります。

(2)労働関係書類の保存期限

 現在、労働基準法第109条は、

(記録の保存)
第109条 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を3年間保存しなければならない。

と規定しています。
 しかし、3年保存では、5年分の割増賃金等の請求に対して対応できません。
 使用者としては、3年で廃棄したいかも知れませんが、賃金等の時効が5年となった場合は、この第109条も改正されることになるでしょう。

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(3)年休の取得期間

 厚生労働省は、当初から、通達で、年次有給休暇につき、

法第115条の規定により2年の消滅時効が認められる。
                (昭和22.12.15 基発第501号)

としており、時効制度が適用されるという考え方をとっています。
 また、「年休の権利は請求によって時効中断の効力を生じ、さらに2年間延長すると考えてよいか」という質問に対し、

 見解のとおりであるが、裁判上の請求でなければ時効中断の効力はないから、照会後段に該当するような場合は法律上極めて希有である。
     (昭和23.4.28 基収第1497号、昭和23.5.5基発第686号)

と回答している通達があります。
 さらに、「年次有給休暇の請求権は労働者の請求(裁判上の請求に限らない)に対し使用者が承認した場合には、時効が中断されることになっているが、勤怠簿及び年次有給休暇取得簿に記載した場合は時効が中断されることになるか」という質問に対し、

 勤怠簿、年次有給休暇の取得簿に年次有給休暇の取得日数を記載している程度のことは承認したことにはならないと解される。

としており、これらの通達からみれば前々回説明した時効制度、なかでも時効中断制度を前提とした回答をしています。
 ところで、最高裁は、年次有給休暇の法的性格について、

 年次有給休暇の権利は、法定要件を満たした場合法律上当然に労働者に生ずる権利であって、労働者の請求をまってはじめて生ずるものではない。同条第4項の「請求」とは休暇の時季を指定するという趣旨であって、労働者が時季の指定をしたときは、客観的に同項ただし書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしない限り、その指定によって年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解するのが相当である。このように解するならば、年次有給休暇の成立要件として、労働者による「休暇の請求」や、これに対する使用者の「承認」というような観念を容れる余地はない。
          (国鉄郡山工場事件 昭和48.3.2 最高裁判決)

といっています(なお、最高裁判決中で使用されている「使用者の承認」という語は「年休を取得するのに使用者の許可や承認は不要」という意味における「承認」であり、時効中断における「承認」とは別物です)。
 これを踏まえ、厚生労働省も、

 年次有給休暇権が請求権に当たらないことは最高裁判決に示されたところである
  (厚生労働省労働基準局編 平成22年版労働基準法(上)587頁)

といっており、最高裁判決を肯定する限り、時効制度の適用を肯定した上記通達の見解とは矛盾するような気もしますが、同時に、

 第115条に「この法律の規定による......その他の請求権」とあるのは、法律学的に厳密な意味での請求権に限られるとまで解する必要はなく、「この法律によって労働者が請求し得る権利」という程度の意味に解すれば、本条第4項は年次有給休暇を労働者が「請求」すると規定しているので、本条の権利にも第115条の規定の適用があると解すべきであろう。(前掲書587頁)。

ともいっています。
 厚生労働省は、年次有給休暇についてはそういう問題をはらみながら、時効制度の適用ありとしています。
 ということは、仮に、今後「労働基準法上の請求権の時効は5年」ということになれば、年次有給休暇も5年間は時効が成立しないということになりそうです。
 そうそうはないかも知れませんが、労働者が年次有給休暇を取得しないでいれば、5年間で100日分の年次有給休暇が貯まるケースも生じ得ることになり、労使ともに処理に窮することになりかねません。
 使用者が残余の年休日数を承認すれば、未取得の年休は今後さらに増えることになります。

(4)使用者側の意見

 日本経団連と協調関係にある「経営法曹会議」は、今回の時効問題について、

 賃金支払等労働基準法上の使用者の義務は刑罰法規によって強制されたものであり、単に民法改正があったからといって右にならえで時効を延長すればよいというものではない。

という意見です(下記「厚生労働省における検討会」において意見表明済み)。

Ⅳ 厚生労働省における検討会の開催

 Ⅲにおいては、いろいろと想定される事態を述べましたが、あくまで想定です。
 いずれにせよ、厚生労働省は、今回の改正民法における時効制度の改正を踏まえ、学識経験者等からなる「賃金請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」を設け、労働基準法第115条における賃金請求権等の消滅時効の在り方について、法技術的・実務的な論点整理を行っているところです。
 2020年4月の改正民法施行に間に合わせるためには、来年の通常国会には、労働基準法の時効に関する規定の改正案を提出するのが、通常のスケジュールであり、とすれば、現時点の見通しでは、今年の夏から秋にかけて検討会における考え方をまとめるものと思われます。

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