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定額残業手当制度が法的に認められる要件は?-4-(連載第106回) 

【中川恒彦の人事労務相談コーナー】

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(2015年2月)

Q 最近、定額残業代についての裁判所の判決が厳しくなり、ハローワークも求人票における固定残業代の示し方に不適切なものが多いとして指導を強めているということを聞きます。
 定額残業代制度は法的にどのような問題があるのか、適法と認められるための要件とは何かについて説明いただければ幸いです。

A 割増賃金を定額で支払うことは、毎月の時間外労働等に対し労働基準法上支払うべき割増賃金額がその定額を下回っているときは、その定額を支払うだけで足りますが、労働基準法上支払うべき割増賃金額がその定額を上回るときは、法律上必要な割増賃金額に達するまでの差額を支払うことが必要です。

 裁判における使用者側敗訴事件の多くは、その差額が適正に支払われていないもので、差額を支払っていれば割増賃金に関し労働基準法に違反することはありません。

 なお、最近は、基本給を極端に低額(最低賃金ぎりぎり)にし、80時間ないし100時間の時間外割増賃金に相当する金額を定額残業手当として設定するケースがあり、裁判所は、「そのような制度は公序良俗に違反するおそれがある」、「被告の賃金制度は不合理なものである」などとして、そのような定額残業手当の支払では割増賃金が支払われているとは認められない、あるいは、定額残業手当の一部は基本給と同様とみるべきであるといった判決を下しています。

〔解説〕

 前回は、「定額の手当を設定しているケースについての裁判例」を紹介しましたが、今回は、使用者が「割増賃金は基本給、職務手当等に含まれている」と主張した事件に関する裁判例を紹介します。

(2)割増賃金は基本給や手当の中に含まれているとするケースについての裁判例

1.基本給の中に割増賃金を含めているという主張が認められなかった例
     (小里機材事件 昭和62.1.30 東京地裁判決 昭和63.7.14 最高裁維持)

 仮に、月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても、その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分された合意がされ、かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、その予定割増賃金分を当該月の 割増賃金の一部又は全部とすることができるものと解すべきところ、労基法所定の計 算方法による額がその額を上回るときはその差額を支払うことが合意されていた旨の 立証もない本件においては、被告の主張はいずれにしても採用の限りではい。

 「時間外労働に対する割増賃金は基本給に含まれている」という使用者の主張に対し、判決は、基本給のうち割増賃金部分が明確に区分されておらず、さらに、実際の時間外労働に対し法律上支払うべき割増賃金額がその区分された部分を上回るときはその差額を支払う旨の合意もなされていないことからすれば、基本給の中に割増賃金が含まれているとは認められないとしています。
 この地裁の見解は、高裁、最高裁ともに支持しています。

2.役職手当には割増賃金の趣旨は含まれないとされた例
     (関西事務センター事件 平成11.6.25 大阪地裁判決)

 地位の昇進に伴う役職手当の増額は、通常は職責の増大によるものであって、昇進によって監督管理者に該当することになるような場合でない限り、時間外勤務に対する割増賃金の趣旨を含むものではないというべきである。
 仮に、被告としては、右役職手当に時間外勤務手当を含める趣旨であったとしても、そのうちの時間外勤務手当相当部分または割増賃金相当部分を区別する基準は何ら明らかにされておらず、そのような割増賃金の支給方法は、法所定の額が支給されているか否かの判定を不能にするものであって許されるものではない。

 労働基準法上の「管理監督者」に該当する者は労働時間等に関する規定の適用がなく、そもそも時間外労働等に対する割増賃金の支払義務がありませんから、差額の支払い等の問題も生じませんが、「管理監督者」に該当しない管理職の場合は、時間外労働等があればこれに対する割増賃金を支払わなければなりません。

 その際、その管理職に対する役職手当の中に割増賃金が含まれているとして取り扱うことができるかという問題ですが、本判決は、そのように取り扱うためには役職手当のうち割増賃金に相当する部分を区分して示しておく必要があり、ただ「含む」とするだけでは割増賃金が含まれているとは認められないとしています。

3.職能手当、職位手当は割増賃金を含めて支給しているとの主張が退けられた例
     (キャスコ事件 平成12.4.28 大阪地裁判決)

 被告は、原告らに対して支給された職能手当、職位手当には時間外手当の趣旨を含めて支給している旨主張するので、検討するに、時間外賃金を定額で支払うこと自体は、割増賃金部分が他の部分と明確に区分されており、その額が労働基準法所定の割増賃金額を超える限り違法ではないといえる。
 しかしながら、被告における職能手当、職位手当は、時間外割増賃金の定額払いの趣旨で支給される賃金とはいいにくいが、仮にこれを含むとしても、割増賃金部分と他の部分とが明確に区分されているとはいえず、結局、職能手当、職位手当の支給により時間外割増賃金が支払われているということができない。

 「職能手当、職位手当には時間外手当の趣旨を含めて支給している」という被告の説明はいかがなものでしょうか。
 そのような抽象的な、曖昧な説明で、労働基準法が罰則をもって義務づけた割増賃金を支払っていると主張できると思っているのでしょうか。
 いずれにせよ裁判所は、職能手当、職位手当のうち割増賃金部分が明確に区分されていない以上、割増賃金が支払われているとはいえないとしています。

4.基本給に割増賃金が含まれているとは認められないとされた例
     (山本デザイン事件 平成19.6.15 東京地裁判決)

 毎月一定時間分の時間外勤務手当を定額で支給する場合には、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外、休日及び深夜の割増賃金に当たる部分とが判別しうることが必要であると解されるから、被告のような支給の仕方では不十分であり、上記基本給の中にこれら割増賃金が含まれていたと認めることはできない。
 被告は、広告代理店のコピーライターなどについては、時間外勤務手当は基本給に含まれているというのが業界の一般的な扱いであるとの主張もするが、このような扱いが労基法上許されないものであることは上記説示に照らして明らかであり、これを正当化することはできない。 

 「(月40時間分程度の)時間外手当は基本給に含まれるということはコピーライター等についての広告代理店業界の一般的な扱いである」との被告会社の主張に対し、判決は、基本給に割増賃金が含まれるというのであれば、割増賃金部分を判別できるように区分することが必要であり、業界の一般的な扱いという主張についてはそのような扱いが労働基準法上許されないものであることは明らかであると片付けています。
 それにしても、「時間外手当が基本給に含まれることは業界の常識である」といった被告会社のコンプライアンス意識の欠如した、挑戦的な言い分には驚きます。

5.基準内賃金に月30時間分の時間外手当が含まれているとの主張が認められなかった例
     (ニュース証券事件 平成21.1.30 東京地裁判決)

 割増賃金を基準内賃金に含まれるとすると、通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分の比較対照が困難であり、労働基準法所定の割増賃金額以上の支払があるのかどうかの判断が不可能であるため、労働基準法37条の規制を潜脱するするものとして違法であると一般に解されているところであり、また、判例も、基本給のうち 割増賃金に当たる部分が明確に区分されていて、かつ、労働基準法所定の算定方法による額がその額を上回るときはその差額を支払うとされている場合にのみかかる支払方法は適法とされているのである。
 本件においては、その全証拠に照らしても、原告の基準内賃金のうち割増賃金に当たる金額がいくらであるのか明確に区分されているとは認められないから、被告の前記主張は採用することができない。

 被告会社は、「給与規定では、月30時間を超えて時間外労働をした者について時間外手当を支給することとしており、月30時間を超えない時間外労働に対する部分は基準内賃金に含まれている。」と主張しましたが、裁判所は、基準内賃金のうち割増賃金に当たる金額が明確に区分されているとは認められないとしました。

6.給与の中に週8時間分の固定時間外手当が含まれているとの主張が退けられた例
     (類設計室事件 平22.10.29 大阪地裁判決)

 被告は、原告の給与の中には、週8時間分の固定時間外手当が含まれていると主張する。
 しかし、給与明細書上、基本給と時間外手当が明確に区別されているとはいえないこと、賃金規程上も固定時間外手当に関する規定は存在しないこと、その他に被告の上記主張を根拠付ける的確な証拠は見出し難いことからすると、被告の同主張は理由がない。

 「週8時間分の固定時間外手当が含まれている」といっても、1か月の割増賃金額は32時間分より多くなり、しかも1か月は30日だったり、31日だったりするので、月によって金額が異なるからどのように計算するのか疑問も生じますが、想像するに、そんな細かな計算をしようとしているのではなくて、週48時間制であったときの賃金の考え方を踏襲しようとしているのかも知れません。
 もともと48時間に対して賃金を支払っていたのだから、週40時間になっても、賃金は48時間分払っているという理屈ではないでしょうか。

 仮にそうとしても、週40時間を超える分は時間外労働になるのですから、単に時間当たり賃金ではなく、1.25倍の割増賃金でなければなりません。
 加えて、何らの区分もされていないのですから、使用者の敗訴は免れないということになります。

 次回も、「割増賃金は基本給や手当の中に含まれているとするケースについての裁判例」を紹介します。最高裁の判決も登場します。

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